前期シーズンも残り10試合で優勝へのマジックは7。ここまで順調に勝ち星を伸ばせている要因は接戦の強さでしょう。2点差以内のゲームの勝敗は10勝1敗4分。投手、野手とも勝負どころで、しっかり結果を残しているからこそ首位を走れているのだと感じます。
 投手陣に関してはエースの高尾健太が故障で離脱するなか、全員でよく頑張っています。リードすれば、西村拓也アレックス・マエストリとつなく方程式が確立されていますから、どの選手も最初から思い切って投げていることが好循環につながっているのでしょう。

 先発では広島の育成選手、山野恭介と3年目の大場浩史が5勝ずつをあげています。2人がなぜ好成績を収めているのか。それにはきちんとした理由があります。まず、山野に関しては香川に来て球速が4キロ上がりました。今では140キロ台中盤のボールが投げられるようになっています。

 山野はもともといい回転のストレートを放っていたのですが、フォームのバランスが悪く、うまく体の力を指先に伝えきれていない点が課題でした。そこで本人と話をしながら体の使い方を修正したところ、球速がどんどん上がってきたのです。この調子でいけば、夏場にはもっと速いボールが投げられるでしょう。

 加えて速球を活かす変化球もマスターしました。新たに習得したのはフォークボールと高速スライダーです。これまではカーブと大きく曲がるスライダーが武器でしたが、ボールが速くなると、同じ軌道で落ちたり、曲がったりするボールはバッターから見て非常に厄介になります。キャッチボールからいい感触で投げていたので実戦でも勧めたところ、今ではこの2つの球種がウイニングショットになりつつあります。

 もちろん今後、NPBで支配下登録されるには課題があります。そのひとつが立ち上がりの悪さです。経験不足もあるのでしょうが、どうしてもペースをつかむまでに時間がかかってしまいます。いくらブルペンで投げて肩を仕上げたところで、マウンドはまた感覚が違うもの。ですから、ピッチャーにとってはマウンドに上がってからの投球練習が最も大事なのです。わずかな時間で、いかにマウンドの状態を確かめ、自分の感覚をアジャストさせるか。どうしても、すぐに適応ができない場合は、球場入りの際に一度、マウンドに上がってみるのもひとつのアイデアです。この点は山野も登板を重ねるなかで勉強してほしいと感じています。

 大場はピッチャープレートの使い方で一工夫をしています。プレートの一番右端に立ち、右打者に向かっていくようなかたちで投げるのです。彼の持ち味はナチュラルにシュートするストレート。そして大きなスライダーも持っています。一番端から右打者の懐にストレート、アウトコースにスライダーを投げ込むことで、より大きく左右で揺さぶることができています。ここまで登板した全試合でゲームをつくっており、ピッチングが安定してきました。

 高尾の復帰までは、もうひとり先発投手が必要です。現状は新人の渡邊靖彬中野耐が3人目、4人目の先発として投げています。中野は高卒でこれからの選手ですから、山野、大場に次ぐ柱として頑張ってほしいのが渡邊です。5月26日の徳島戦、彼は6回途中12失点でKOされました。香川に来て、初めての散々な内容がよほど悔しかったのでしょう。ベンチでは悔し涙を流していました。

 正直、この試合の勝敗だけを考えれば、もう少し早めに交代させていたはずです。しかし、これは彼にとって最初の試練。西田真二監督とも話をして続投させました。渡邊はシーズン前に紹介したように、回転のよいストレートを持っています。香川に来てからはチェンジアップを覚え、緩急をつけられるようになってきました。次のハードルは、調子の悪い時にいかに試合をつくるか。長いシーズン、いい時ばかりではありません。不調でもそれなりにまとめる技術とスタミナを身につければ、一本立ちできるとみています。

 そして、夏場に向けて楽しみなピッチャーが新たに加わりました。先日、選手登録をされた伴和馬(名古屋国際高−名古屋商科大学)です。以前、匿名で「投手経験が浅いにもかかわらず、ものすごいストレートを投げる」と紹介したのが、実は彼になります。伴は大学までは外野手でしたが、腕の振りがとても良かったので、「投手をやってみたら」と勧めました。

 実際にピッチングをさせると、ストレートに力があり、かつナチュラルに動く。これは掘り出しモノかもしれないと思い、ここまで練習生としてトレーニングを続けさせてきました。ピッチャーとして適性があり、変化球もスライダーとフォークをマスターしつつあります。球速はもう140キロ台の中盤が出ました。

 初登板となった3日の福岡ソフトバンク3軍戦では4失点。緊張で変化球のコントロールがつきませんでしたね。本人も実戦で投げる怖さを知ったことでしょう。ただ、経験さえ積めば、伴は本当にいいものを持っています。結果を恐れず、思い切って投げ続ければ、きっといいピッチングができるはずです。NPBのドラフト指名も狙える素材として、さらなる成長に期待しています。

 コーチは2年目となりますが、僕は選手には自分の考えを強要しないように心がけています。僕にプロの道を切り開いてくれた加藤博人さん(現東京ヤクルト2軍コーチ)も、単に答えを与えるのではなく、選手たちに考えさせる指導をしていました。今はそのやり方を見習って選手に接しているところです。うれしいことに最近は選手のほうから質問が飛んでくるようになりました。プロは最終的には自分で考え、生き残る術をみつける世界です。引き続き、優勝に向けて一戦一戦を大事にしながら、選手たちが自分たちでレベルアップしていけるようなチームにしたいと考えています。


伊藤秀範(いとう・ひでのり)プロフィール>:香川オリーブガイナーズコーチ
 1982年8月22日、神奈川県出身。駒場学園高、ホンダを経て、05年、初年度のアイランドリーグ・香川に入団。140キロ台のストレートにスライダーなどの多彩な変化球を交えた投球を武器に、同年、12勝をマークして最多勝に輝く。翌年も11勝をあげてリーグを代表する右腕として活躍し、06年の育成ドラフトで東京ヤクルトから指名を受ける。ルーキーイヤーの07年には開幕前に支配下登録されると開幕1軍入りも果たした。08年限りで退団し、翌年はBCリーグの新潟アルビレックスBCで12勝をマーク。10年からは香川に復帰し、11年後期より、現役を引退して投手コーチに就任した。NPBでの通算成績は5試合、0勝1敗、防御率12.86。
◎バックナンバーはこちらから