第338回 「引責」 ~青野大介FDの退任~
10月26日(日)に行われた2025明治安田J2リーグの第34節にてジュビロ磐田に敗れた愛媛FCは、今季(20チーム中)18位以下の順位が確定。これにより来季のJ3降格が決定した。
試合後、昨シーズンからの成績不振を不満に思う一部のサポーターからはチーム強化部の改革や改善を要望する声が上がっていた。
そして11月4日(火)、愛媛FC事務局はチーム強化部のトップでもある青野大介フットボールダイレクターの退任を発表。また、青野大介さん本人からは、クラブを離れることも併せて発表された。
大介さんは、愛媛県西条市の出身。地元の中学校を卒業後、愛媛FCユースチーム(現・愛媛FC U-18)に入団。高校3年間は松山市で生活されていた。
大学進学後もサッカーを続け、卒業後はJリーグチームに入団。しかし、怪我の影響等から公式戦の出場機会に恵まれることは少なく、点々とクラブを移籍。
活躍の場を求め、2007年に愛媛FCトップチームへと入団。レギュラー選手として2009年のシーズン終了まで活躍された。
現役引退後は、愛媛FCのサッカースクールコーチを務めたり、U-15チームやU-18チームの監督を務めるなど、クラブに残り各年代の選手の育成に携わってくださった。
近年は、愛媛FCのゼネラルマネージャーやフットボールダイレクターを務めるなど、クラブの根幹に関わる重要ポストを任せられ、信頼を集める存在となっていた。
今回、トップチームがJ3降格となった以上、強化部門が責任を問われるのは致し方ないことだと感じている。ただ、長年に渡りクラブのために尽力してくれた方が、段階的なものではなく(これまでの感謝を伝える場もなく)、簡素な形で去ってしまわれることが残念でならない。
このコラムでも何度か書かせて頂いたが、私に「愛媛FCの存在」を知るきっかけを与えてくれたのは、愛媛FCユースチームなのである。
1997年の天皇杯1回戦にて、大介さん(当時・高校3年生)が所属する高校生チームの愛媛FCユースが大人のチームである北陸電力(現・カターレ富山)に勝利。2回戦では東京ガス(現・FC東京)と対戦し、延長戦までもつれ込む大接戦を演じるなど、大会を通じ素晴らしい戦い振りを見せてくれた。
このことは当時「高校生チームの快挙」として全国放送のテレビ等で取り上げられ、私の目や耳を介し、心に飛び込んできた衝撃的な報道であった。
この報道により愛媛FCユースを知ったことで、愛媛FCトップチームの存在が分かり、翌年から応援(サポーター活動)をスタートさせた経緯がある。
そう考えると大介さんは、私と愛媛FCを出会わせてくれた恩人のひとりとも捉えることができる。
2009年のシーズン終了後に開催された「愛媛FCファン感謝祭」にて行われた青野大介さんの現役引退セレモニーも印象深いものだった。
セレモニー終盤の引退挨拶の後、大介さんのお父様から本人へ花束の贈呈が行われ、私の太鼓と個人応援チャントにてセレモニーを締めくくった際、悲しく辛そうな表情をされていたことを想い出す。
イベント前に、お父様ともお話しさせていただいたのだが、プロ選手時代は怪我やリハビリとの戦いが続いていた様子。本人の思うようなサッカー人生ではなかったのかなとも感じ取られ、普段ポーカーフェイスの大介さんの素な部分も伝わって来る印象的な場面でもあった。
引退後は、育成の現場にも携わってきた青野大介さん。近年は、アカデミー(育成組織)を含め下部組織の重要性をフロント陣に強く訴え、環境面の改善に努めてくださっている。
練習環境の改善は元より、愛媛FCアカデミーの活動を支える育成サポートクラブ「愛夢(えむ)」の導入や、海外のサッカークラブとの関係性(協力関係)の構築などにも力を注いでくださった方でもあった。
ユースチーム(現・U-18)のOBだけに、現在の(運営規模が大きくない)愛媛FCにとっての育成活動の重要性に、いち早く気付いての行動だったと思う。
大介さんは今回、責任を取るという残念な形でクラブを去っていくことになってしまったが、22シーズンという長きに渡り愛媛FCと向き合い、クラブへと注いでくれた愛情は本物だと感じている。
だからこそ、クラブへの愛情と共に彼が残してくれた財産をサポーターという立場から今後も育んでいきたいと考えている。

<松本 晋司(まつもと しんじ)プロフィール>
1967年5月14日、愛媛県松山市出身。愛媛FCサポーターズクラブ「Laranja Torcida(ラランジャ・トルシーダ)」代表。2000年2月6日発足の初代愛媛FCサポーター組織創設メンバーであり、愛媛FCサポーターズクラブ「ARANCINO(アランチーノ)」元代表。愛媛FC協賛スポンサー企業役員。南宇和高校サッカー部や愛媛FCユースチームの全国区での活躍から石橋智之総監督の志に共感し、愛媛FCが、四国リーグに参戦していた時期より応援・支援活動を始める。