「日常」にしていくPK戦導入の効果
PK戦の導入がハーフシーズンとなる「百年構想リーグ」の大きな見どころになっている。90分間で決着がつかなければ“即PK戦”となり、勝ったチームが勝ち点2、負けたチームが勝ち点1となる。現場で見ていても白黒がはっきりするため、ファン、サポーターの反応もとてもいいように感じる。
そもそも導入のきっかけとなった背景にワールドカップがあるのはご承知のとおり。ラウンド16において2010年の南アフリカ大会はパラグアイ代表に、前回のカタール大会はクロアチア代表にPK戦の末に涙をのんでおり、ノックアウトステージで勝ち上がっていくにはPK戦の向上が必須となっているためだ。特にGKにとってはその機会が増えることで経験値アップにつながる。本大会メンバーの候補となる国内組の早川友基(鹿島アントラーズ)、大迫敬介(サンフレッチェ広島)、谷晃生(FC町田ゼルビア)らも既にPK戦を経験できている。
緊張感漂う実戦の場を得られることが一番。ただ導入によってチームがトレーニングにPKを組み込み、GK自体が意識して取り組むようになることで日常化していく効果がある。
元々、1993年に開幕したJリーグは1997年までPK戦を採用していた。筆者は2014年に「サッカー日本代表勝つ準備」(北條聡氏との共著、実業之日本社刊)を上梓した折、PK戦をテーマの一つにして元日本代表GK小島伸幸氏にインタビューしている。Jリーグ初期を代表するGKは、世界を参考にして学んだことをトレーニングに落とし込み、自分なりにコツをつかんでいた。
衝撃を受けた一人が1990年のイタリア大会で活躍したアルゼンチン代表GKセルヒオ・ゴイコチェアだったという。ユーゴスラビア代表との準々決勝において、ゴイコチェアの動きに驚かされたそうだ。
「フェイントって普通、こっちに行くよって見せかけて逆に行くというのが常識でした。でもゴイコチェアは右に行くフェイントを見せて一度止まってから、また右に飛ぶんです。それで見事に相手は引っ掛かるわけです。僕もベッチーニョに試して成功したので『これはいつか使える』と。ずっと隠し持っていて実際にそれを使ったら、止めることができました。ただ、同じ相手に2度は通用しませんけどね」
ベッチーニョとはベルマーレ平塚(現在は湘南ベルマーレ)時代のチームメイトであり、10番を背負ったチームの大黒柱。遊びに近い居残り練習を通して、自分の引き出しを増やしていたのである。
PK戦は勝てば天国、負ければ地獄だ。
ワールドカップに限定すればドイツ代表とクロアチア代表はPK戦で負けがない(ドイツ、クロアチアとも4戦4勝)。そのドイツ代表の有名なエピソードと言えば“レーマンメモ”だろう。
2006年のドイツ大会準々決勝。アルゼンチン代表との一戦は1-1でPK戦にもつれ込み、ドイツの守護神イェンス・レーマンは右足のストッキングに入れていたメモ用紙を取り出し、それをキッカーが替わるたびに一度チェックしてからゴールマウスに向かっている。2人目、ロベルト・アジャラのキックを食い止め、その後も1本防いで勝利に導いている。メモ用紙は後に公開され、GKコーチのアンドレアス・ケプケが宿泊ホテルのメモ用紙にキッカーの癖を書いて渡していたものだった。
アジャラに対しては「長い待ち、右」と書かれてあったとか。アジャラが蹴るまでに時間があり、右ではなく左に来たボールではあったものの、レーマンは落ち着いて対処できている。
PK戦は監督、GKコーチをはじめコーチングスタッフまで含めた総力戦であることは言うまでもない。それぞれの立場で意識する、意識しないでは全然違ってくる。今回の導入によって日本サッカー界全体の「日常」になるきっかけになればいい。PK戦に強いニッポンになっていくことも、ワールドカップ制覇に近づいていくには欠かせない要素だからだ。