優勝の陰の功労者と言ってもいいだろう。2位・中日とのゲーム差11・5、貯金42(9月27日現在)。巨人がぶっちぎりでセ・リーグを制した。
 4月に5連敗を2度喫するなど立ち上がりこそ不安定だったが、最大時の借金7もハンディキャップにはならなかった。

 まだ先の話だが、MVPは目下、打率、打点の2部門でトップに立つキャプテンの阿部慎之助で決まりだろう。キャッチャーという激務に耐えながら、この成績は「見事!」の一語である。
 その阿部が、優勝翌日のスポーツ報知(9月22日付)の独占手記で、ひとりのコーチの名前を挙げている。

<橋上(秀樹)戦略コーチの影響も大きかった。「捨てる打席は少なくして、自分の持っている技術を出したら絶対にタイトルを取れるぞ」と言ってくれた。「敵として見ていて、もったいない」とも。自分の中で「プッチーン」と何かがはじけたような、目覚めた感じだった>

 知将・野村克也の門下生として知られる橋上は、東北楽天で4年間、ヘッドコーチなどを務めた後、独立リーグのBCリーグに移り、昨季は新潟アルビレックスBCの指揮を執っていた。
 ちなみに橋上の採用に深く関わったのが、渡邉恒雄球団会長に反旗を翻した元球団代表の清武英利氏だ。

 橋上のどこに惚れたのかと問うと、清武氏はこう答えた。「巨人のファームと新潟が何度か試合をしたんですが、まぁ戦い方が素晴らしい。当然、“相手の大将は誰だ?”って話になるじゃないですか。橋上氏を推薦したのは松尾英治GM補佐です」
 ちなみに橋上は阿部にとっては東京・安田学園高の先輩にあたる。信頼関係は早くから築かれていたようだ。

 再び手記からの引用。
<ストライクを見逃す勇気を持てるようになった。橋上さんは「割り切りが大事」っていう。例えば、今まで打てなかった投手に対して「低めを絶対に我慢しよう」とか「見逃し三振はOK」とかね。これまでだったら、三振をしたくないから振りにいっていた。でも「三振をしてもいいんだな」って思えるようになり、余裕が生まれた>

 仮に三球三振に倒れたとしても、狙っていたボールが来なかったと釈明すれば、「次にいかせ」となるのが、いわゆる「ノムラの教え」である。逆に運よくヒットが出ても、それがたまたまの場合、ノムさんは認めなかった。
 こうした、ノムさん言うところの“根拠野球”を、巨人は橋上を通じて移植した。V奪回の“知財”が、打倒巨人に執念を燃やし続けたノムさんの門下生だったというのは、考えてみれば、大変な皮肉である。ぜひともノムさんに感想を聞いてみたいものだ。

 今季、橋上は試合ではスコアラー登録だったため、ベンチでユニホームを着ることができなかった。来季、どんな立場になるのかまだわからないが、彼の存在は他球団にとっては、引き続き大きな脅威だろう。

<この原稿は2012年10月14日号『サンデー毎日』に掲載されたものです>

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