第228回 J1同士の初茨城ダービー
4月4日に地域リーグラウンド第9節、水戸ホーリーホック対鹿島アントラーズの一戦がホーリーホックのホームスタジアムで行なわれました。属するカテゴリーがお互いJ1同士での初となる茨城ダービーでした。結果はホーリーホックがPK戦を4対2で制しました。新たな歴史の1ページが刻まれた瞬間だったように思います。
茨城ダービーのチケットは発売開始後、数分で完売したといいます。お互いのファン・サポーターはそれほど、この1戦を楽しみにしていたのでしょう。これまではJ1のアントラーズが胸を貸していた構図、といって良いと思います。ホーリーホックの意地を感じました。
前半34分、ホーリーホックが先制しました。ホーリーホックはGKを含めて自陣でのビルドアップからアントラーズ陣地に攻め上がりました。MFマテウス・レイリアが右サイドを突破し、マイナスの折り返し。ペナルティーアーク付近に走り込んだFW渡邉新太が冷静に右足インサイドでゴール左隅に流し込みました。流れるような攻撃でした。
アントラーズを主語に語ればこの時、ツートップが相手GKとDFにプレスをかけに行っている中、MFエウベルのプレスが若干遅れたように映りました。ほんの少しの掛け違いから後手を踏んだ瞬間でした。アントラーズに慢心はないものの、些細なことがきっかけで崩された。これがサッカーの怖さだよなぁと痛感させられるシーンでした。
後半14分には、ゲームの流れが大きく変わりました。前半に警告を受けていたホーリーホックのDFダニーロが2枚目のイエローカードを提示され、退場となりました。以降、アントラーズが怒涛の攻めを見せました。30分には左サイドバックに安西幸輝を起用するなど、攻撃的なカードを切りました。
そして迎えたアディショナルタイム4分。ペナルティーエリア左に流れたFWレオ・セアラがボールを中へ折り返しました。これがカバーに入ったボランチの大崎航詩の左手に当たり、PKの判定。キッカーのレオ・セアラがきっちりと決め、スコアを1対1のタイとしました。
ホーリーホックからすれば90分での勝利がギリギリのところで手からスルリとこぼれました。もちろん、大健闘を見せたホーリーホックですが、試合終了間際は気持ちを入れ直さないといけない。僕も何度か痛い目を見たのですが……。ハーフタイムに入る前、ハーフタイム明け、そして終了前は気を入れ直して、味方同士で基本的なことを確認することは大事だなと改めて思いました。
次の茨城ダービーは5月6日、アントラーズのホームスタジアムで行なわれます。アントラーズとしては意地を見せなければなりません。
最後に、来月は北中米ワールドカップの日本代表メンバーの発表が予定されています。サプライズがあるのかもしれない……。
●大野俊三(おおの・しゅんぞう)
<PROFILE> 元プロサッカー選手。1965年3月29日生まれ、千葉県船橋市出身。1983年に市立習志野高校を卒業後、住友金属工業に入社。1992年鹿島アントラーズ設立とともにプロ契約を結び、屈強のディフェンダーとして初期のアントラーズ黄金時代を支えた。京都パープルサンガに移籍したのち96年末に現役引退。その後の2年間を同クラブの指導スタッフ、普及スタッフとして過ごす。24年1月、長く務めた鹿島ハイツスポーツプラザを退職。新たな夢の実現のため、日々奮闘中。93年Jリーグベストイレブン、元日本代表。
*ZAGUEIRO(ザゲイロ)…ポルトガル語でディフェンダーの意。このコラムでは現役時代、センターバックとして最終ラインに強固な壁を作った大野氏が独自の視点でサッカー界の森羅万象について語ります。