今季限りで活動終了のセガサミー野球部に思うこと

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 先月、私が昨年まで監督を務めていたセガサミー硬式野球部が今季限りでの活動終了を発表しました。私も報道で知り、ビックリしました。社会人日本選手権大会で2度優勝のパナソニックも今年限りで休部。アマ野球界から残念なニュースが続きます。パナソニックもセガサミーもいい選手がたくさんいるので、チームを残してほしかった、というのが本音です。

 

 私もセガサミーで6年間、監督をさせてもらった。コロナ禍の大変な時期もありました。それでもなんとか踏ん張り、都市対抗でベスト4という結果を残すことができました。里見治会長が言うように、野球部は会社のシンボルであり、社員を元気付けるためにも存在していた。大変な時期に少しは貢献できたかなと思っています。

 

 正直、「仕方がない」とは割り切れない。チームに入って1年目のルーキーや2、3年目の選手は私も採用に関わっているので、今後どうするか気になっています。何人かは移籍できるかもしれませんが……。私に何か手助けできることあれば、協力したいと思います。他の企業に当たったり、独立リーグを紹介することもできるかもしれません。発表が早い時期だったという点では、野球を続けたいと思っている選手にとっては救いだったかもしれません。

 

 首脳陣とは話をしましたが、今年が最後ということで逆に開き直って戦うことができる部分もある。選手たちの意地に期待したいです。私も応援に行こうと思っています。

 

 あとはセガサミー自慢のクラブハウスとグラウンドがもったいない。あそこはプロ野球の寮と比べても遜色がないくらい素晴らしい設備です。私としても6年間の思い出が詰まっている場所。練習後の風呂も気持ち良かった。家から朝一でクラブハウスに到着し、一番風呂に入ってからがスタートです。“今日も1日頑張ろう”とリフレッシュするのが私のルーティンでした。

阪神ドラ1立石への期待

 さて、プロ野球は5月26日から交流戦がスタートしました。ペナントレースは7月下旬のオールスターまでに貯金4、5以上あるチームに絞られると見ています。中継ぎ、抑えがしっかりしているチームが夏場に勝ちを重ねていくでしょう。それは打線や先発投手陣の軸が安定しているチームにも当てはまることです。

 

 球団史上初の連覇を目指す阪神は、一時星を落とす時期もありましたが、5月20日の中日戦で0対7から大逆転勝ちを収めるなど上位をキープしています。この試合でサヨナラ弾を放った森下翔太選手、佐藤輝明選手、大山悠輔選手という打線の土台がしっかりしているのが大きいでしょう。今季はそこに創価大卒のドラフト1位ルーキー立石正広選手が加わりました。

 

 体も締まっていいスイングしていますね。彼のことは学生時代から見ています。レベルスイングでトップの位置が決まっていて、プロ初ホームランにもあった右方向にも大きいのが打てる。本当に今後が楽しみな選手ですよね。チームメイトの佐藤輝明選手はメジャー行きも噂されていますし、立石選手のように年間でホームラン30本打てるバッターが、日本の野球にどんどん出てきてほしいですね。

 

 あとは阪神という人気球団ですからね。いい時はすごく騒いでくれますからメディア対応を含め、メンタルをどう保っていくかも大事になっていきます。おそらく選手間でコミュニケーションを取り、立石選手がいろいろやりやすいように先輩たちが手助けしてくれているのではないでしょうか。私生活を含め、いかに自分をコントロールできるかがが大事だと思います。

 パ・リーグでは3年連続Bクラスの埼玉西武が好調です。投手陣はエースの今井達也投手が抜けた後でも、隅田知一郎投手、髙橋光成投手、武内夏暉投手、平良海馬投手と先発が充実しています。抑えは中央大学卒のドラフト2位・岩城颯空投手が結果を残している。打線は出遅れていたネビン選手が戻ってきて、軸がしっかりできている。若手が育ってきて、彼の前後を打つバッターもバランスのいい選手が揃っています。

 

 最後に日本プロ野球に注文があります。危険スイング規定が設けられましたが、そのスピード感はピッチクロック導入にも発揮してほしいものです。もちろん安全性を確保することは大事なことですが選手たちも故意でバットを放り投げているわけではいはず。試合をスムーズに進めるためにもピッチクロックをいち早く導入すること求めます。それでは、このへんで。

 

<このコーナーは毎月1日更新です>

 

西田真二(にしだ・しんじ)プロフィール>
1960年8月3日、和歌山県出身。小学3年で野球を始める。PL学園高、法政大学を経て、83年にドラフト1位で広島カープに入団。高校時代は78年夏にエース&4番として甲子園優勝に貢献した。大学時代は5度のベストナインに輝くなど、3度のリーグ優勝に導いた。プロ入り後は左投げ左打ちの外野手として、91年のセ・リーグ優勝に貢献するなどカープ一筋13年で現役を終えた。現役引退後は野球解説者を経て、カープ、四国アイランドリーグ(現・四国アイランドリーグplus)の愛媛、香川などで後進を育成。20年より6年間、セガサミー野球部の監督を務め、都市対抗野球大会4度、社会人野球日本選手権大会に2度出場に導いた。26年からは野球解説者に復帰した。

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