第838回 手術で191針、不死身の投手
阪神のサウスポー髙橋遥人が3、4月の月間MVPを受賞した。4試合に先発し、3勝無敗3完封、防御率0.27。
3連続完封は、阪神では1966年のジーン・バッキー以来、60年ぶりだった。
髙橋といえば「ガラスのエース」と呼ばれるほど、故障に泣かされ続けてきた。左ひじ、左肩、左手首と2021年から24年にかけて、5度も手術を受けている。
今季は、ここまで無双のピッチングを続けているが、本人によると「まだ60~80%」。完全復活は道半ばのようだ。
災い転じて福となす――。球界には、手術のたびに復活を遂げた投手がいる。ヤクルトで通算85勝10セーブをあげた館山昌平だ。09年には、16勝をマークし、最多勝に輝いている。
この館山、体全体に191針の縫い跡を留めている。投手に故障は付き物だが、さすがに10回も体にメスを入れたのは館山くらいのものだろう。
損傷したじん帯を切除し、別のところから腱の一部を摘出し、移植するトミー・ジョン手術だけで3回も受けている。
話は横道にそれるが、昔、ディック・ザ・ブルーザーという悪役レスラーがいた。60年代から70年代にかけて、日米のマットを荒らし回った。
ニックネームは「生傷男」。プロレスラーになる前は、酒場の用心棒をしていたこともあり、体中に生傷が絶えなかった。そのブルーザーでも、さすがに191針もの縫い跡はないはずだ。
いつだったか、館山は私にこう語った。
「僕の体は中古車みたいなもの。ひとつ治れば、ひとつが壊れる。その繰り返しなんです」
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手術とリハビリの日々。晩年は曇り空を見上げるような生活だったにもかかわらず、館山は「通算200針で名球会入りです」と冗談めかして語っていた。
雲間の光に、一縷の望みを託していたのだろう。手術と隣り合わせのプロ野球の投手は、過酷な職業である。不死鳥のように甦った髙橋には、ぜひ沢村賞を目指してもらいたい。
<この原稿は2026年6月8日号『週刊大衆』に掲載されたものです>
