今季のパ・リーグは6人の指揮官のうち、監督としてリーグ優勝を経験した者が5人を占める。北から北海道日本ハムの栗山英樹、東北楽天の星野仙一、埼玉西武の渡辺久信、千葉ロッテの伊東勤、福岡ソフトバンクの秋山幸二。
 こう書くと、あとのひとりは誰だという話になる。オリックスの新監督・森脇浩司。監督としては新参者だが、その腕を侮ってはいけない。監督代行としてソフトバンク、オリックスの2チームで指揮を執り37勝24敗3分、勝率6割7厘。この数字は指揮官としての非凡さを物語っていやしまいか。

 森脇には“心の師”がいる。一昨年11月に他界した西本幸雄だ。森脇が近鉄に入団した時の監督である。「西本さんには叱り方に愛情があった」。森脇は言い、続けた。「入団した年の合同自主トレです。もう、ひたすら走ってばかり。ロッカーに引き上げる時、西本さんがハンドマイクでこう怒鳴った。“森脇、ケツ落ちとる!”普通なら背番号で呼ぶでしょう。ところが西本さんは高校から入ったばかりの僕の名前を、もうしっかり覚えてくれていた。“オマエのことをしっかり見てるんや!”というメッセージだったんでしょうね」

 また、こんなこともあった。当時、藤井寺球場のライトスタンド下の室内練習場には、バッティングケージが2つ設営されていた。森脇は苦手なバッティングを克服すべく、手の皮がむけるまで黙々と打ち込んだ。
 ある日のことだ。ふと向こう側を見ると、柱の後ろで人影がソロリと動いた。長い沈黙が室内を支配した。目を凝らすと、視界の中で白髪がかすかに揺れた。「西本さんでした。当時の藤井寺の室内は土が深く、普通の靴だと汚れてしまうんです。ところが西本さんはスラックスに革靴姿のまま、駆け出しの選手の練習を最後まで見守ってくれていた。これには感動しました」

 周知のようにオリックスの前身である阪急は、かつて“灰色の球団”と呼ばれていた。それを60年代後半から70年代にかけて“パ・リーグの雄”に育て上げた人物こそ、誰あろう西本である。
 それがどうだ。21世紀に入ってからAクラスは、わずか1回のみ。この10年間で最下位5回。チームは再び灰色に染まりつつある。それをどう立て直すのか。森脇には西本イズムの継承者としての期待がかかる。

<この原稿は13年1月9日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
◎バックナンバーはこちらから