冬にしては風のない荒川河川敷。早朝こそ冷え込んでいたが、気持ちのいい天気の日曜日に1万人を超える人が走っている。単純に「1万」というけれど1万人の人が一度に動く景色は壮観! ここ数年、満員御礼の「谷川真理ハーフマラソン」は、今年も大勢の参加者で賑わった。
 その名の通り谷川真理さん自身がランナーに楽しんでもらおうと作っている大会で、今年で14回目を迎えた。選手個人の名前を大会名称にするという珍しいケースではあるが、ランナーであるスタッフだからこそできる気遣いが好評で、国内有数規模のハーフマラソンとなっている。この大会を見ていると、「ランニングイベントも変わったなぁ」ということを実感し、典型的なトレンドを示している。

 まず、一流選手から一般ランナーまでが同じスタートで楽しんでいる姿。今では珍しくないが、10年前まではトップ選手と一般ランナーが出場するレースは全く別の大会であるのが普通だった。それがここ数年は都市マラソンなどで一緒にスタートすることが増えてきており、一般ランナーには嬉しい限りである。それも単にゲストとしての顔見世ではなく、参加選手としてマジメに走ってくれるのは刺激になる。トップ選手とはTVで見る別世界の人ではなく、自分たちの身近なヒーローなのだということが意識できるいい傾向であると思う。本大会には今年も“市民ランナーの星”として有名となった川内優輝選手(埼玉県庁)や、吉田香織選手(PUMAランニングクラブ)などの国内トップ選手が参加し、一般ランナーを引っ張った。

 さらには、引退したトップクラスの選手が、一生懸命楽しんでいる姿が見られるということ。従来は陸上の選手は引退すると、ほとんど走らなくなるか、走ったとしても大会などに出場しないことが多かった。ところが、最近は引退後も、他の仕事をしながら走ることに取り組む選手が増えてきている。この大会は谷川さんの広い交友関係もあり、特にそんな姿を多く見ることができる。1994年広島アジア大会銀メダリスト早田俊幸さん、同1万メートル銀メダリスト平塚潤さん、箱根駅伝で活躍し、5000メートルの日本チャンピオンにもなった徳本一善さんなど、マラソンファンにはおなじみの面々が、年齢こそ感じさせつつも真剣に走っている姿が印象的だ。さすがに全盛期のタイムには及ばないが、一目で分かる美しいフォームは一般参加者を喜ばせてくれる。

 そして、会場の作り方も工夫されている。雰囲気を楽しむことが最優先で、競技会の要素が薄いのだ。ゴール直前にカーブがあったりしても、会場の設営上その方がスムーズで、演出的にもOKであれば気にしない。会場内もステージでのパフォーマンスがあったり、出店があったりとさながらお祭りムード。そう、大会の目的はランニングイベントを楽しむことであり、記録を狙うものではない。ランニング好きの芸人も沢山参加し、楽しむという仕掛けは盛りだくさん。

 このような大会の変化は全国的に見られる傾向で、それは国内のマラソン人口の増加とともに加速している。ひと昔までは「楽しいマラソンは国内では経験できないので、ホノルルマラソンに行く」という人が多かったが、今は国内でも十分に楽しむことができる。わずか10年足らずで、日本人ランナーを取り巻く環境は大きく変化したのだ。国内マラソン人口も、2002年は480万で、2012年では1000万人程度とされているので10年間で約2倍に増えたということになる(笹川スポーツ財団調査)。やはりこれがメディアで言われる「マラソンブーム」ということなのか。

 ブームとは「ある物が一時的に盛んになること。急に熱狂的な人気の対象となること」と辞書で定義されている。だとするなら、現在走っている人のほとんどは、この傾向を「ブーム」と思ってはいない。なぜなら、彼(女)らは流行っているからやっているわけではなく、すでにその魅力に気が付いているからだ。走ることで、健康になるのはもちろん、食べ物やお酒が美味しくなる。人付き合いも変わり、生活が変化する。人生においていいことばかりなのに、簡単にやめるはずがない。つまりこれはブームではなく、世の中の趣味趣向の変化というべきなのだ。ならば、伸び続けることはないだろうけれど、極端に減っていくこともないということになる。そう、これは「マラソンブーム」でなく、「マラソン人口の増加」なのだ。ゴール地点で1万もの笑顔を眺めていると、それは確信に思えてくるのだった。

白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール
 スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦していた。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための新会社「株式会社アスロニア」の代表取締役に就任。この1月に石田淳氏との共著で『挫けない力 逆境に負けないセルフマネジメント術』(清流出版)を出版。
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