第230回 未来に繋がる北中米大会ブラジル戦
サッカー北中米ワールドカップはあと2カードを終えるとベスト8が出揃うところまで進行しています。日本代表はノックアウトステージラウンド32でブラジル代表に1対2で敗れ、大会をあとにしました。今回は、日本代表対ブラジル代表戦を中心に語りましょう。
日本代表は今大会、4対1と大勝できたチュニジア代表戦を覗いては苦しい時間帯が多い中、培ってきた組織力を発揮して粘り強く戦っていた印象が強いです。森保一監督は東京オリンピック世代から監督として指揮を始め、連携強化を進めてきた。結果としてW杯でのベスト16以上は叶わなかったですが、積み重ねてきた組織力や団結力は見ることができました。
ブラジル戦に特記すれば、僕は選手たちの戦いぶりから自信と誇りを感じました。前半は非常に良かった。相手の長所を消しつつ、自分たちの攻撃に転じる場面がありました。29分のMF佐野海舟(マインツ)の先制点はお見事。佐野はピッチ中央付近でインターセプトをするとそのままひとりをドリブルでかわし、前進。前方のスペースをうまく使って持ち運んで自分でフィニッシュしました。ブラジルは攻守が切り替わった瞬間は、それほど危機感を覚えていないように見えました。そこを突いた佐野の判断は素晴らしかった。
ミドルについては佐野のシュート然り、チュニジア代表戦で決めたFW上田綺世(フェイエノールト)のシュート然り、語りたいことがあります。しかし、それは7月末にしようと思います。
後半に入ると、ブラジルが戦い方を変更してきました。FWヴィニシウス・ジュニオールを左サイドに目いっぱい張らせました。ここを起点にサイドから高精度のクロスを、なんとセンターバックに供給され、11分に失点を喫しました。さらに後半アディショナルタイムには見事なパスワークから逆転されました。
この時、右ウイングバックのDF菅原由勢(ブレーメン)がもっとポジションを絞れていれば……という声を見聞きします。セオリーは確かにそうですが、あれだけ速く、正確で流れるようなパスワークからゴール前に侵入されると、それも難しいのかなと感じました。
ラウンド32で涙をのみましたが、鈴木彩艶の活躍は特筆すべきものがありました。「ノッている」「神がかっている」という表現がぴったりなほどでした。ブラジル戦での経験を糧にこれからも成長を続けてくれるでしょう。4年後はまだ28歳とのこと。現役としてバリバリ脂がのっている時期です。いますら十分、頼もしい存在がもう1回W杯を経験したらどうなってしまうのでしょう。ケガにだけは気を付けて今後もプレーしてほしいです。
今回、敗れはしたもののブラジルとの戦いは、日本サッカーの今後を明るくしたと僕は考えます。敗戦を喫したもののすごくワクワクさせてもらった。日本国民、みんながわちゃわちゃしているのを幼稚園生や小学生は感じてくれたはず。サッカークリニック、教室から始まり、その子たちがサッカーに熱中し、中学や高校でもサッカーをやろうと思ってくれて、国内リーグを目指そう! 日本代表を目指そう、世界を目指そうとつながるものです。森保ジャパンの戦う姿勢は、必ず日本サッカーの今後に好影響を与えるはずです。
森保監督の去就が注目されています。ここで一区切りをつける方が森保監督にとって楽なのは重々承知しています。しかし、もし継続のオファーがあればぜひ、受けてほしい。続けることの苦しさがあるのは想像できますが、彼のスキル、タクティクスを持ってして、もう1度チャレンジする機会は、絶対に必要だと考えています。
最後に余談ですが、先日、中学の同級生からあるYouTubeチャンネルのURLが送られてきました。「千葉出身者だけでサッカー日本代表を作ってみたら、最強すぎた」というタイトル。なんと、センターバックに僕が選出されていました! いやあ、船橋市出身者として、うれしい限りです。
●大野俊三(おおの・しゅんぞう)
<PROFILE> 元プロサッカー選手。1965年3月29日生まれ、千葉県船橋市出身。1983年に市立習志野高校を卒業後、住友金属工業に入社。1992年鹿島アントラーズ設立とともにプロ契約を結び、屈強のディフェンダーとして初期のアントラーズ黄金時代を支えた。京都パープルサンガに移籍したのち96年末に現役引退。その後の2年間を同クラブの指導スタッフ、普及スタッフとして過ごす。24年1月、長く務めた鹿島ハイツスポーツプラザを退職。新たな夢の実現のため、日々奮闘中。93年Jリーグベストイレブン、元日本代表。
*ZAGUEIRO(ザゲイロ)…ポルトガル語でディフェンダーの意。このコラムでは現役時代、センターバックとして最終ラインに強固な壁を作った大野氏が独自の視点でサッカー界の森羅万象について語ります。