フィジカルフィットネス――。一般的に筋力、持久性、柔軟性などの基本的な運動能力のことを指す。
 近年、サッカーの本場・欧州で多くの日本人選手がプレーするようになった。香川真司のように世界的ビッグクラブで活躍する選手もいる。海外から届く日本人選手への評価でよく耳にするのは「高いテクニックを持っている」。しかし、これは換言すれば、外国人選手のような相手を吹き飛ばすほどのパワーや、何人もの選手を抜き去ってしまうスピードといった、フィジカル面での強さはまだ足りないということでもある。

(写真:adidasのmiCoach SPEED_CELL 写真提供:adidas)
 日本人選手のフィジカルフィットネスの特徴について、アディダス契約アドバイザーの早川直樹(JFAフィジカルフィットネスプロジェクトメンバー)はこう話す。
「以前、代表選手のフィジカルフィットネス能力を主とした測定を行ったことがあります。日本人選手の数値とヨーロッパの選手の数値を比較したところ、日本人は持久的な要素に優れ、それがストロングポイントになり得るという結果が出ました
 ただ、パワーやスピードでは、ヨーロッパの選手に劣っていました。その部分に改善の余地があるということが明確になったんです」

 日本とスペインの違い

 興味深いデータを示そう。FIFAワールドカップ™ 2010 南アフリカ大会における1試合あたりの「移動(走行)総距離」と「ボールポゼッション中の移動(走行)総距離」の国別順位。前者、日本は1万153メートルで出場32カ国中10位だが、後者は3019メートルで31位だった。ちなみに優勝したスペイン代表は前者、1万44メートルで12位、後者では4504メートルで1位。果たしてこの違いは何を表わしているのか。
(写真:早川氏は日本代表のスタッフとしてW杯に3大会連続で帯同している)

「スペインは圧倒的にボールを保持している時間が長いことに加えて、ボールを失わない自信があるので、ボールポゼッション中のアクションが多い。一方、日本は、“走り続けるポテンシャル”があることは証明されました。ただ、自分たちのボールにできた時間が少なかったことに加えて、ボールポゼッション中のアクションが少なかったのです」
 早川氏はこう説明し、世界トップとのギャップを埋めるためには、育成年代からの指導の必要性を挙げる。

「こうしたデータを見ても、ボールポゼッションをしながら動く、ということを育成年代からしみ込ませていく必要性を感じています。JFAフィジカルフィットネスプロジェクトでも、ボールを使用した持久力トレーニングを推奨しています」

 南アW杯で日本はボールを持った時のアクションが少ないながらも、ベスト16に進出した。それだけに、ボールポゼッション中のプレーの質を高めれば、さらに上のステージへ進めると早川氏は見ている。
「個人的に南アW杯のグループリーグ(GL)と決勝トーナメント(T)において、1試合で総移動距離の多かったチームと少なかったチームでは、どちらの勝率が高いかを比較したんです。GLでは総移動距離の多いチームの勝率が高かった。
 ところが、決勝Tでは走っている距離が少ないチームが勝ち残るという結果になりました。W杯のような短期決戦では勝ち進むにつれてどうしても疲弊します。そのなかでより求められるのは、走るクオリティなんです。結果を見ても、運動量の多さが必ずしも勝利に直結しているわけではないのです。日本も走る量のみならず、クオリティを重要視していかなければと感じています」

 miCoach SPEED_CELLで更なる高みへ

 では走りのクオリティを高めるにはどうすればいいのか。
 そのヒントが、adidasが2011年12月に発売した超小型の計測チップ「miCoach SPEED_CELL(マイコーチ・スピードセル)」に隠されている。
これはチップを専用のスパイクやシューズのアウトソールなどにセットするだけで、選手一人一人の動きを分析するために必要なデータをとることが可能な次世代型計測ツールだ。採取したデータはパソコンや携帯端末などで確認する。
(写真:専用のレースクリップを使用してシューレースにも装着が可能 写真提供:adidas)

 サッカーシーンを例にとれば、1試合の走行距離、最大スピードや、時間帯別の走行距離、スピード、ダッシュ回数などを選手ごとに細かく分析できる。

 さらに優れている点は、「運動強度別」のデータが採取可能ということだ。スピードセルでは「運動なし・ウォーキング」「ジョギング」「ランニング」「高速ラン」「ダッシュ」の5つに運動強度を識別することができる。
 トップアスリートのプレーには、この運動強度が重要である。「高速ラン」と「ダッシュ」を合わせた「高強度ラン」の割合が多ければ多いほど、相手はついていくことができず、すなわち敵からすれば手強い選手ということになる。
(写真:算出された香川の前半45分のデータ。グラフの赤はダッシュ、黄色は高速ランの割合を示している。 写真提供:adidas)

 日本人選手でそんな走りを実現しているのが、香川真司だ。ドルトムント(ドイツ)時代にスピードセルを使って算出された前半45分の出場データを見てみよう。

 走行距離=6215メートル、高強度ラン=1337メートル、ダッシュ46回。

 身長172センチ、体重62キロと日本人のなかでも小柄ながらコンタクトプレーの激しい海外で活躍できるのは、驚異的な運動量と俊敏性があるからにほかならない。
 元日本代表コーチで現在はFC東京のテクニカルディレクターを務める大熊清は「彼のストロングポイントは、走れるエンジンを備えていること。守備にも顔を出しますし、いつの間にかゴール前に攻め上がっている。動きのクオリティと量がある」と語っていた。
 ちなみに4年連続バロンドールを受賞したアルゼンチン代表リオネル・メッシは走行距離=6996メートル、高強度ラン=554メート、ダッシュ回数=24回。
 ドイツ代表トーマス・ミュラーが走行距離=9646メートル、高強度ラン=2012メートル、ダッシュ回数=71回。

 この2人のデータは1試合を通して採取したもので、前半だけの香川のデータと一概に比較することはできない。しかし、世界トップクラスの選手と比較しても香川の走りの質の高さが遜色ないレベルに達していることは明らかだ。

 データで引き出す選手のポテンシャル

 国内では現在、スピードセルを導入する育成年代のチームや団体が増加傾向にある。昨年度、高校サッカー選手権神奈川県予選でベスト4に入った向上高校サッカー部もそのひとつだ。

「初めてスピードセルを使って測定した時に自分がそれまでその選手に抱いていたイメージとまったく違っていた数値が出て、非常に驚きました」

 こう語るのは向上高校サッカー部の小林賢一郎監督だ。同校はボールを奪ってから素早い攻めを仕掛けるスタイルのため、選手には運動量が求められる。これまで小林監督は、サイドバックやサイドハーフの選手の運動強度や走行距離が多いと感じていた。

 ところが、である。「データを取ると、それらの選手たちのダッシュ本数も運動量も少なかったんです。逆にチームで最も“走っていた”のはボランチの選手でした。私もチームも、さらにはボランチの選手本人も、“そんなに動いていない”というイメージだったんです。それがデータを取ったことで、私のチームを見るポイントが変わりました。ボランチの選手にとっては“これだけ動いていたのか”と自信になったようです。

 数値は、子どもたちにとってわかりやすいし、納得することもできる。高い数値が出ると、 “これだけ動いているのか”と、さらに練習に励むんです。ウチにはそういうタイプの選手が多いですね。スピードセルを持っていくと、積極的に使いたがりますよ(笑)」

 戦力アップに欠かせないデータ活用

 またある試合ではサイドバックの選手が驚異的な走行距離を記録した。だが、実際はコントロールミスからボールを失い、ディフェンスに戻る回数が多かったため、比例して走る量が増えていただけだった。
 この結果を踏まえて小林監督は「これだけ走れるんだから、技術をつければ、もっと優位にプレーできるぞ」と選手を指導した。
つまり、この選手に不足していたのはテクニックだったのだ。このように、実際のプレー内容とデータを照らし合わせることで、指導者も選手も課題が明確に見えてくる。
 小林監督自身もスピードセルで得たデータを参考に、普段の練習に変化を加えたという。

「走るトレーニングでも、高強度運動の持続性を保たせるために15メートルや20メートルのショートダッシュの本数を増やしました」
 育成年代でもフィジカルフィットネス、なかでも走りのクオリティの高さを重視するようになってきた証だろう。

 これに対する早川氏の説明は、こうだ。
「試合を通して高強度運動を持続させることは非常に難しい。それだけ筋肉への負担が大きくなりますからね。高強度ランの割合が多ければ多いほど、相手に脅威を与えられるんです。たとえばある選手の高強度運動の割合が後半になって落ちている場合、我々指導者は最後まで持続させられるようなトレーニングメニューを考える必要があります。試合中のペース配分も見直す必要があるかもしれません。今はそういったことが、データを細かく取ることで、可能になってきています」

 そこで、スピードセルの出番だ。スピードがないのか、走る距離が足りないのか、スタミナが不足しているのか……。指導者と選手の双方がこうした実情を共有することで、より効率の良いトレーニング方法を編み出せる。

 もちろん、個人のみならず、チーム戦術にもフィードバックできる。例えば走行距離の多い選手は、運動量が求められるボランチに。高強度ランを持続できる選手は、スピードが重要なサイドのポジションなどと、選手を適材適所で起用する上での判断材料にもなる。さらに言えば、選手の状態と数値から交代の的確なタイミングを計ることも可能となる。

 このように現場レベルでのデータ活用は選手を伸ばし、チーム力を向上させるには、もはや欠かせない手段だと言えよう。

>>miCoach SPEED_CELLの詳細はこちら(adidas公式HP)
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