世界王者を襲った依存症。支え合って歩んだ克服の日々 ~井岡弘樹氏インタビュー~

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 18歳で世界王者となり、日本ボクシング界に名を刻んだ井岡弘樹さん。しかし引退後、アルコール依存症という新たな敵に直面する。夫婦で乗り越えた苦難の日々と再生への歩みを、当HP編集長・二宮清純が聞く。

 

二宮清純: 昨年10月、食道静脈瘤破裂で救急搬送されたというニュースを聞いた時は驚きました。一時は医師から「助からないかもしれない」と告げられたそうですね。

井岡弘樹 はい。ご心配をおかけしました。

 

二宮: 最大の要因は、長年の飲酒によるものだとか……。

井岡: 私はアルコール依存症でした。過度の飲酒によって肝臓の状態が悪化し、その影響で食道の静脈がこぶ状に膨らみ、破裂したのです。

 

二宮: いつごろからアルコール依存症だったのですか。

井岡: 依存症として診断されたのは3年前ですが、飲酒量自体は15年くらい前からかなり増えていました。

 

二宮: 現役時代は飲んでいなかったでしょう?

井岡: 現役時代は全く、酒を口にしていません。飲み始めたのは引退してからですね。

 

二宮: アルコール依存症の治療は、夫婦二人三脚でやってこられたそうなので、今日はご夫人の絵美さんにも話に加わってもらおうと思います。お二人は2003年のご結婚ですが、当時から井岡さんはかなり飲んでいましたか。

井岡絵美: そうですね。お酒は強い方なので、普段からロックで焼酎をガブガブ飲んでいました。でも、別に依存症のような状態ではなく、ただ楽しく飲んでいる感じでした。

 

二宮: 量が増えていったのは、ストレスなど何か原因があったのでしょうか。

井岡: 特に思い当たることはなかったんですけどね……。

絵美: 夫はすごく寂しがりやで、できるだけ誰かと接していたいと。それで二人で居酒屋へ出かけたり、友人と外食したりすることが多かった。そうしているうちに、飲酒量が増えていったんです。

 

二宮: アルコール依存症の発症には遺伝的な要因もあると聞きますが、井岡さんの身内は?

井岡: 父親はガンガン飲んでいましたね。時に酔って大暴れすることもありました。

絵美: アルコール依存症と診断されてから何度か入院したのですが、入院中はひとまず落ち着くのです。ところが、自宅に戻って何かの拍子に一度飲んでしまうと、また酒浸りになってしまう。そうなると、朝昼晩を問わず飲むようになる。朝起きて飲み、寝て、また起きたら飲む。その繰り返しでした。

 

二宮: 新聞で読んだのですが、家の前で倒れていたこともあったようですね。

井岡: 自宅マンションのエレベーターのボタンを押したところまでは意識があったのですが、その後のことは全く覚えていません。目覚めた時は「あれ、何で病院におるんやろう……」って。

絵美: ちょうど私が外出先から帰宅した時に発見して、救急車を呼びました。もちろん家にはお酒は置いていないのですが、マンションの下がコンビニなので、そこで手に入れて飲んでしまった。

 

二宮: 家の下がコンビニというのは、なかなかつらい。

絵美: お金があるとお酒を買ってしまうので、依存症の人にはお金を渡さないというのが原則です。でも、コンビニのスタッフも顔見知りなので、仕方なくツケにして渡してくれていたようです。

 

二宮: 家で暴れたりはしなかったですか。

絵美:「何で酒くれんのや。飲ませろや!」と言い争いになり、物を投げつけてくることもありました。冷蔵庫の中の物を全部放り投げたり、生卵を壁にぶつけたり……。でも本人は記憶がないようで、私が「あの壁の染み、卵なのよ」と言っても、「何のこと?」と覚えていないんです。

 

二宮: 現在は1滴も飲んでいないそうですね。

井岡: はい。昨年10月に倒れて以降は断酒しています。

 

二宮: 断酒に当たって何か治療をされたのでしょうか。

井岡: 断酒のための治療プログラムを受けました。現在、プログラムは終了し、週1ぐらいの頻度で依存症の人たちと語り合う「断酒会」に参加しています。

 

二宮: お酒をやめて体調も良くなったのでは?

井岡: 朝起きるのがラクですね。飲酒していた頃は、朝から気分が悪かったし、起きるのもしんどかった。もう外食先などで周りがお酒を飲んでいても、気にならなくなりました。

絵美: アルコール依存症は、アルコールによって脳の構造や機能が変化してしまう脳の疾患です。そこからようやく脳が回復して、正常な判断ができるようになったのだと思います。

 

 

(詳しいインタビューは10月1日発売の『第三文明』2026年11月号をぜひご覧ください)

 

井岡弘樹(いおか・ひろき)プロフィール>

1969年1月8日、大阪府堺市出身。13歳で三和ツダジム(現・グリーンツダジム)に入門し、ボクシングを始める。すぐに才能を認められ、多くの世界王者を育てたエディ・タウンゼントの指導を受ける。86年1月にプロデビュー。87年7月に日本ミニマム級王座を獲得し、同年10月には初代WBC世界ミニマム級(当時・ストロー級)王座決定戦に勝利。18歳9カ月で世界王者となり、現在も日本最年少記録として残る。2度の防衛後、91年12月にWBA世界ライトフライ級王座を獲得し、日本人3人目の2階級制覇を達成。同王座を2度防衛したのち、98年に現役を引退。現在は井岡弘樹ボクシングジム会長。プロ通算成績は42戦33勝 (17KO)8敗1分

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株式会社第三文明社

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月刊誌「第三文明」で2010年1月号より好評連載中の「対論×勝利学」は、 二宮清純が一流アスリートや指導者などを迎え、勝利への戦略や戦術について迫るものです。 現場の第一線で活躍する人々をゲストに招くこともあります。 当コーナーでは最新号の発売に先立ち、インタビューの中の“とっておきの話”をご紹介いたします。

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