私の5月は忙しい。自社で主催しているトライアスロン大会が1つ。JSPORTSでLive中継担当するサイクルロードレースが、3週間続くジロ・デ・イタリアと、8日間のツアー・オブ・カリフォルニアと2つある。どれも非常に興味深いモノばかりで、これを仕事にできることを幸せに思う。そしてさらに、19日からは国内最大のステージレース(複数日間続くロードレース)であるツアー・オブ・ジャパン(TOJ)も開催される。こちらも会場MCを担当しているものだから、昼夜問わず、国内外あちこちに移動し続けることになる。なんと、楽しくて、なんとハードで落ち着かない1カ月だろうか!?
(写真:昨年のTOJでのスタートを待つ選手たち)
 TOJの歴史は古く、1982年から始まった「国際サイクルロードレース」を継承して始まったものだ。96年に国際自転車連盟(UCI)からステージレースとして公認され、その名称を「ツアー・オブ・ジャパン」に変更し、第1回大会が行なわれた。今年でTOJとしては16回目だが、前身である「国際サイクルロードレース」を含めると、その歴史はなんと30年ということになる。私自身、子供のころになんとなく見ていたレースの実況を務めることができるなんて、なんだか不思議で光栄な気分である。

 そのTOJは今年からまた新しい進化を遂げた。UCIは世界のロードレースをランク付けし、その出場条件をチームのレベルによって分けているのだが、今年はTOJのレベルを1つ上げ、国内ではもちろん、アジアを代表するレースになったのである。これにより、様々な規定が変わり、コースや選手への対応、競技ルール、賞金など、修正を余儀なくされるポイントは沢山ある。当然、開催費用増加は避けられないのだがトップレベルのチームカテゴリーである「プロチーム」を招聘することが可能となった。いつもはテレビでしか見られない世界のトップチームが参加してくれることは、ファンとしては大変に嬉しいことだし、大会運営側にとっては名誉あることだ。しかし、現場ではどうなのか……。関係者に聞いてみると、必ずしも手放しでは喜べるわけではないようだ。

 まず何といってもレースレベルが非常に高くなり、日本選手が相当苦戦することが予想されることだ。近年、世界に通じる選手がようやく国内でも数名出てきたが、そのほとんどがヨーロッパのプロチームに所属しており、今回のレースには参加しない。どのレースに出場するかは個人の意思ではなく、チームの方針で計画されるため、選手が出場したくてもできないのだ。そうなると、国内組の日本人選手の奮闘に期待ということになるが、彼らと世界との差は決して小さくはない。つまり8日間、6ステージのレースはほぼ海外のトップ選手を中心に動くことになる。また、ステージレースというのは、その日のレースで完走できないと、そこで失格となり、翌日のレースから出場することはできない。レベルが上がり厳しいレースになることが予想される今回、完走できない選手が続出し、後半のステージでは、日本人選手が激減しているという寂しい映像になる可能性もある。それでは日本のファンやメディアは失望し、逆に注目度が落ちてしまうかもしれないのだ。

 もちろん、UCI公認のレースで上位入賞すれば、それなりのポイントを獲得することができる。加えて、このUCIポイントの蓄積が、今年の世界選手権への国別枠決定の基準となるわけだから、日本人選手に活躍して欲しいのだが……。日本人選手、運営者にとっても海外のプロチーム招聘は「もろ刃の剣」というわけだ。

 しかし、こんなことを言う選手や監督もいる。「ロードレースという名称は同じでも、そのスピード、展開、戦略は、ヨーロッパと、国内のレースでは全く違います。それらは、レースでしか学べないことが多いんです。でも、今回は僕たちが海外に行かなくても、世界のトップ選手たちが来てくれる。つまり国内で欧州のレースを体験できるというわけです。こんなに有難いことはないでしょう」。周囲の心配をよそに、日本人選手たちの意識は高まっているようだ。「国内のレースや選手を成長させるには最高の機会です。こんなチャンスを与えてもらっていることを有効に生かしたいですね」。こんな風に考えられるチームや選手ならば、この機会を有意義なものにしてくれるに違いない。
(写真:集団で走り抜ける展開。様々な戦略や駆け引きが潜んでいる)

 確かにどのスポーツもグローバル化は目覚ましく、国内選手の力に合わせてマッチメイクする時代は終わった。サッカーや野球だけでなく、ほとんどのスポーツで、常に世界基準で比較される時代だ。それで委縮してしまうような選手ではこれから先、世界を相手に戦っていくことなどできないだろう。意識の高さをうかがわせる日本人選手に大いに注目したいと思う。

 また、今回出場する日本人選手の中には、昨季までヨーロッパのチームで活躍していた土井雪広選手の姿もある。彼の所属する「Team UKYO」が彼の加入でどんな戦いを見せてくれるのかも楽しみだ。「世界の舞台で戦っていた男が国内に戻ることで、沢山の葛藤や消化できないものが内にあるはず。それを自身のエネルギーにして欲しいし、若い選手に伝えて欲しい」とは、「Team UKYO」の片山右京監督の言葉だ。まさに自身の経験も重ね合わせての言葉だろう。土井選手本人に聞くと、「言い出すと余計なことまで言っちゃいそうだから、走りで!」と、うまくかわされたが、その決意は固いものがありそうだ。

 バージョンアップしたTOJはいよいよ今週末19日、大阪からスタートし、8日間かけて26日の東京まで走り抜ける。日本でワールドクラスを見られる貴重な機会。ちょっと足を延ばしてみてはいかがか。

>>ツアー・オブ・ジャパン大会HP [/b]

白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール
 スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦していた。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための新会社「株式会社アスロニア」の代表取締役に就任。今年1月に石田淳氏との共著で『挫けない力 逆境に負けないセルフマネジメント術』(清流出版)を出版。
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