成熟した大会として高い評価を得た2012年ロンドン五輪・パラリンピック。招致委員会会長を務めたのは、陸上の男子1500メートルで80年モスクワ、84年ロス大会を連覇した世界的な中距離走者セバスチャン・コーだった。旧ソ連のアフガン侵攻に抗議し、西側諸国の多くが背を向けたモスクワ大会にも「政治とスポーツは別」との信念を貫き通した。
 そして招致プレゼンターを務めたのは先頃、現役を引退した元イングランド代表のフットボーラー、デイビッド・ベッカムだった。16年大会の招致に成功したリオデジャネイロは“招致の切り札”としてキング・ペレの威光を最大限に利用した。

 20年大会開催都市は9月7日、ブエノスアイレスで行なわれるIOC総会で決定する。最終プレゼンテーションでの日本の顔は誰か。4年前のコペンハーゲンでは15歳の女子体操選手をトップバッターに起用する“奇策”を用いた。「私は国家元首ではありませんが、国よりももっと大きな集団、若者の代表です」。初々しいスピーチは高い評価を得たが、リオの壁を崩すことはできなかった。

 投票権を持つIOC委員の約4割は欧州人である。世界的な知名度を誇り、特に欧州人に受けのいい日本人は誰か。すなわち最終プレゼンにおける隠し玉は誰か。折に触れて考えてきたが、やっと救世主が現われた。さる23日、エベレストの高齢登頂記録を更新し、世界中から注目を集めた80歳の冒険家・三浦雄一郎である。老雄にお願いするのはどうか。

 64年の東京五輪当時、この国における65歳以上の高齢者は人口の1割にも満たなかったが、20年には3割程度まで増える見通し。総人口のうち65歳以上の割合を示す高齢化率は、10年の統計で米国が約13%、英国が約17%であるのに対し、日本は約23%だ。この先、地球規模で高齢化は、さらに加速すると見られている。

 高齢者や障害者にやさしい都市で行なわれる五輪・パラリンピックを通じて、あるべき福祉都市像を東京が世界に先がけてアピールする上で、80歳の冒険家の存在は欠かせまい。成熟、希望、そして未来。三浦は英語も堪能である。不屈の闘志と不断の挑戦に裏打ちされた渾身のスピーチは、間違いなく世界の心に届くはずだ。

<この原稿は13年5月29日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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