「9月14日の対戦相手に“カネロ”アルバレスを選んだ。ファンの願いに応えるつもりだ。MGMグランドで試合を行なうよ」
 5月29日の夜、無敗の5階級制覇王者フロイド・メイウェザーは自身のツイッター上で次戦についての報告を行った。その直後、情報は瞬く間にアメリカ中を飛び交い、ボクシングファンを騒然とさせることになった。
(写真:カネロ戦はメイウェザーにとっても厳しい試合になると考える関係者も少なくない)
 サウル・“カネロ”アルバレスは、42勝(30KO)無敗1分という戦績を誇るWBA、WBC世界スーパーウェルター級王者。現役最強王者と22歳の新星の対戦は、マニー・パッキャオの勢いが止まった後、考え得る限り最高のカードと考えられていた。その一戦が、152パウンドの契約ウェイトで、9月14日にラスベガスのMGMグランドガーデン・アリーナで行なわれることになったのである。

 このビッグファイト決定のニュースに、多くの関係者、ファンは驚かされることになった。メイウェザーが5月4日にロバート・ゲレーロとのWBC世界ウェルター級タイトル戦に圧勝して以降、カネロ側が対戦を熱望していたのは事実だ。だが、早期実現は難しいというのが一般的な見方だった。

「メガケーブルテレビ局ショータイム(SHO)と6戦の大型契約を結んだばかりのメイウェザーが、その2戦目で最高の興行価値を誇る相手と戦うわけがない。万が一にも負けるようなことがあれば商品価値に大ダメージだし、対戦を受けるにしても、もっと後にとっておくはずだ」
 筆者もある記者仲間からそんな話を聞かされたことがあった。それ以外にも、この試合の実現に悲観的にならざるを得なかった理由は枚挙に暇がない。
(写真:カネロはメキシコ、アメリカ東海岸で絶大な人気を誇る)

“リスキーな相手を避けてきた”との批判にさらされることも多いスピードスターが、今が旬でナチュラルな体格でも上回られているヤングガンの挑戦を受けるだろうか? 2008年以降は1年に1戦以上こなしたことがなかった最強王者が、前戦からわずか4カ月後に本当に試合を組むのか?

 しかし、これらの懐疑の声はあっさりと打ち砕かれ、2013年最大となる特大興行はここにセットされることになった。その理由として、5月のメイウェザーの復帰戦が興行面で不調に終わったことが大きく響いたと考えられている。

 SHOの人間は公にはメイウェザー対ゲレーロ戦のPPV購買数は100万件を突破したと主張しているものの、実際には87万件ほどだったという関係者は多い。だとすれば、メイウェザーに3000万ドル(約30億円)以上の報酬が保証されていることを考えると、SHOはこの試合で多額の赤字を出したことは確実。そして試合後、SHOのある関係者は「次は絶対に黒字になるアルバレス戦の実現に向けて全力で動いている」と筆者に明かしてくれた。

「マネー」の愛称を自称するメイウェザー本人も、自身の試合が興行的に失敗に終わってプライドが傷つけられたのだろうか。それと同時に、1戦ごとに目覚ましい成長を続けるカネロを叩くなら今が好機と考えた部分もあったのかもしれない。
(写真:自身の売り出し方もうまい最強王者は行く先々で人だかりができる)

 ゲレーロ戦でのメイウェザーの出来が抜群に良かったこと、152パウンドの契約体重で体を作るのはカネロにとって減量も含めて容易でなさそうなことなどを考慮すれば、9月の試合はやはり、「メイウェザーやや有利」との予想が出されるはず。ビジネス面で理に適い、なおかつメイウェザー側が勝機が十分にあると睨んだがゆえに、この楽しみな一戦は実現に向かったのだろう。

“悪役”の看板を掲げることで莫大な商品価値を築きあげたメイウェザーと、ラティーノの看板スターであるカネロの対戦となれば、PPV購入も2007年のメイウェザー対オスカー・デラホーヤ戦の240万件とまではいかないまでも、200万件に近い売り上げを記録する可能性がある。そして2人は、その話題性をさらに煽るべく、6月24日のニューヨークを皮切りに、全米11都市を巡る大記者会見ツアーを開始することになる。

「メキシコにとって重要な日に国民の期待を背負って戦えることは大変な名誉。敗北という選択はない。勝利の後、多くのメキシコ人たちと祝うつもりだ」
 カネロはそう息巻くが、実際にメキシコ独立記念日(9月16日)を目前にした週末に行なわれる時点で、この興行の大成功は確約されたも同然。近年で最もスリリングなカードだけに、試合が近づけばアメリカは華やかな話題に包まれることは間違いない。
(写真:会場のMGMグランドガーデンは凄まじい熱気に包まれることだろう)

 確かに事前予想はメイウェザーに傾くとしても、体格に恵まれたパワーパンチャーとの一戦は、現役最強王者にとって2001年のディエゴ・コラレス戦以来、最も危険なファイトと見る関係者が多い。減量苦に負けず、最高のコンディションをつくってきたカネロが、体格、馬力、パワーを生かして絶えずプレッシャーをかけていければ……。

 ボクシングファン、このスポーツに関わるすべての人間にとって、垂涎のビッグファイトまであと3カ月弱――。世界中の視線が、ラスベガスのMGMグランドガーデン・アリーナに注がれる日は間近に迫っている。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。
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