ボクシングの元IBF世界バンタム級王者・新垣諭は「消されたチャンピオン」と呼ばれている。消された、と書くと何やら物騒だが、彼は実在する。ただ、日本ボクシングの表の歴史から未だに抹殺されたままなのだ。
 なぜ、彼は「消され」なければならなかったのか。それは彼がIBFというJBC非公認団体に参加したからである。JBCは彼がIBFのリングに上がると同時にライセンスを停止した。そして、この状態は今も続いている。

 JBCがIBFを認めなかったのには理由があった。世界王者の粗製乱造を防ぐためだ。JBCが承認し、加盟していたのはWBAとWBCの2団体だけだった。

 ところが、ここに来て流れが変わった。JBCは4月、IBFに加え、WBOにも加盟した。「世界のボクシング界はWBA、WBC、IBF、WBOの4団体を中心に動いているという現実」(JBC森田健事務局長)を踏まえたためだ。

 妥当な規制緩和措置だったと思う。老舗のWBAは暫定王座の乱発で既に権威をなくし、むしろ派生したWBOのほうが有力王者を多数擁している。IBFもバーナード・ホプキンス、ウラジミール・クリチコなど名王者を抱え、健闘している。今やファンの興味は、どこの団体のタイトルを獲るかではなく、「最強」を決める統一戦に移っている。

 1日には亀田3兄弟の三男・和毅がフィリピンでナミビア人王者のパウルス・アンブンダを判定で下し、日本人初のWBO世界王者となった。

 この機会に元IBF王者の名誉回復に乗り出す。JBCには、そんな“大岡裁き”を期待したい。IBFを正式に承認した以上、そう難しいことではあるまい。

 当の本人は、どう考えているのか。「もう30年近く前のことですから……」。何を今さら、ということか。「ただ、IBFのリングで戦ったのは僕だけではない。僕はチャンピオンになれたからいいことも悪いこともあったけど、全く注目されずにボクシング人生を終えた選手もいる。そういう選手の名誉こそ回復してもらいたい。少しでも光が当たるようにしてもらえれば、とは思いますね」

 かつて“具志堅用高2世”と呼ばれた男も、来年の2月には50歳になる。不遇の時代をともに生きた仲間への思いは携帯電話の向こうからでも十分に伝わってきた。

<この原稿は13年8月7日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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