高校野球の勢力図が塗り替わる瞬間を見る思いがした。8月19日、準々決勝第1試合で岩手の花巻東が徳島の鳴門に5対4で逆転勝ちすると、続く第2試合、日大山形が高知の明徳義塾に4対3で競り勝った。花巻東は3回戦でも愛媛・済美を延長10回、7対6で振り切っている。
 甲子園優勝経験のある四国の強豪3校が揃って東北勢の軍門に下った。随分、長い間、高校野球を見ているが、こんなことは記憶にない。
 参考までに今大会が始まるまでの前記5県の選手権勝率と順位は次のとおり。愛媛6割5分1厘、1位。高知6割1分2厘、6位。徳島5割4分1厘、14位。岩手2割8分6厘、45位。山形2割4分6厘、47位。
 全国トップの愛媛を筆頭に四国勢が上位を占めているのに対し、東北勢は地区トップの宮城でも全国24位。山形は最下位だ。春夏通じて、甲子園を制した学校はひとつもない。

 それが、どうだ。ベスト4に進出した東北の2校は四国の強豪とがっぷり四つに組み、堂々と寄り切った。しかも、両校とも県外出身者中心のチームではない。徐々に縮まりつつあった地域格差は、もう完全に解消したと言い切ってもいいだろう。

 今から35年前の夏、春夏通じて7回(当時は6回)の甲子園優勝を誇る愛媛・松山商は福島の郡山北工に1対2で惜敗した。四国の名門が東北の、しかも初出場校に負けるとは何事か、というお叱りの電話が学校へ引っ切りなしにかかってきたという話を当時の関係者から聞いたことがある。「昔は組み合わせ抽選で1回戦の相手が北海道や東北の学校に決まると“よし、ひとつもらった”という気になったものです。今じゃ隔世の感がありますね」。全国制覇を経験した四国の伝統校の元監督は、声を落として、そう語った。

 東北勢はこれまで、春夏通じて10回決勝に進出し、全て敗れている。うち1点差負けが4回、2点差負けが3回。2点差負けには、青森・三沢の延長18回引き分け、再試合の末の敗北も含まれている。大旗は「越すに越されぬ白河の関」と言われているうちに津軽海峡を越えてしまった。

 さて、今夏はどうか。プロもそうだが、野球の風は東北に吹いている。残るトーナメントの山は、あと2つ。歴史は動くのか、それとも……。

<この原稿は13年8月21日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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