「スペインの首都は?」「マドリード」「マドリードといえば?」「レアル・マドリード」。では、「東京といえば?」。果たして、「FC東京」と即答する人はどれぐらいいるだろう。現在、サッカーJリーグディヴィジョン1(J1)のFC東京はレアル・マドリードのような「首都クラブ」を目標に日々、育成、強化に励んでいる。

 そこでクラブの顔に、FC東京の現状を訊いた。ベテランのMF石川直宏である。2002年の加入以来、12年半にわたってチームをけん引している。

 マリノスにあり、FC東京になかったもの

二宮: 石川さんが横浜F・マリノスからFC東京に移籍したのは02年の4月。今や一番の古株となっています。
石川: そうですね。今だと「マリノスにいたんだ?」と驚かれる人のほうが多いかもしれないですね(笑)。

二宮: 出場機会を求めてマリノスからFC東京に移籍したわけですよね?
石川: そうですね。当時は紅白戦のメンバーにも入れず、ノーチャンスに近い状況でした。ですから、自分から強化部に移籍を志願したんです。

二宮: 当時、常に優勝を争っていたマリノスとFC東京の違いは?
石川: はっきり異なるのはプロとしての厳しさでした。マリノスの選手は、練習中に激しいプレーをしても “グランドだし、いいでしょ?”という割り切りがあった。ベテラン選手が容赦なく若手選手を削りにいくなんて日常茶飯事。逆に僕が激しくいって「この野郎」と言われることもありました(笑)。つまり全員、年齢を問わず同じピッチに立つ選手を、同じレベルで見ていたんです。

二宮: で、当時のFC東京は?
石川: 特に僕が移籍してきた当初は甘かったですね。“みんなで頑張ろうぜ!“という雰囲気でした。まぁ、そこがウチの良さでもあるんですけれどね(笑)。ただ、僕はマリノスでの厳しさを知っているだけに、FC東京のスタイルでやりながらも “こういうところが物足りない。変えていかなくちゃいけない”という思いは今も意識しているつもりです。

二宮: 10年、FC東京はJリーグディヴィジョン2(J2)に降格しました。あの時、チームはどういう状況だったのでしょうか?
石川: 結果論になってしまいますが正直、落ちても仕方のないチームだったのかもしれません。一言でいえば、ぬるかった。チームにしても、選手にしても、グランドでプレーする上でもぬるさがあったと思います。

二宮: 落ちるべくして落ちたと?
石川: はい。ただ、そういう「ぬるさ」をすべて取り払うためには、J2でもまれて、選手、ファン・サポーター、クラブが状況を見つめ直す必要があった。J2降格が決まった瞬間から、僕は翌シーズンをそういう機会にしようと考えました。

二宮: スタッフも含めたクラブ全員が気持ちを切り替えられたからこそ、1年でJ1へ復帰できたというわけですね。
石川: そうですね。あと、復帰するだけではなく、強く、タフになってJ1で戦いたいという気持ちが非常に高くなった。J2での戦いは苦しかったですけれど、今振り返るとすごく充実していましたね。はっきりとした目標の必要性を改めて感じました。

 首都クラブとして必要なプライド

二宮: J1復帰を決めたシーズンに、天皇杯を制しました。なぜ、天皇杯を制するようなチームがJ2落ちたのか不思議でした。
石川: そこにウチの甘さがあったと思うんです。天皇杯のように思い通りの試合ができる時もあれば、「あれ?」と全然違うチームのようなサッカーをしてしまう時もある。残念ながら今年はそういうケースが多すぎるように感じます。J2でいろいろ経験して、強く、タフになってJ1に帰ってきた。あの経験を活かせていないことが、非常にもどかしいですね。

二宮: まだチーム状態にムラがあると?
石川: そうだと思います。ここが自分を含め、FC東京がリーグ戦で優勝争いをできない、タイトルを獲れない原因なんじゃないかなと思いますね。

二宮: FC東京が首都クラブとして世界的な存在になっていくためには、何が必要でしょう?
石川: プライドだと思います。首都のクラブというプライドを、もっと持たないといけない。そのプライドを生み出すものは何かといったら、やはり、常にタイトルに近づき、タイトルをとり続けられるかどうかだと思うんです。優勝を経験すれば、自信も得られるし、また何度でも優勝したいと思う。ウチはリーグ優勝の経験がまだありません。首都クラブとして、常に優勝を争い、タイトルを獲得することでプライドが生まれる。これが、まだFC東京にはないのかなと感じます。

二宮: 首都クラブとして日本のサッカーを牽引する気概が必要だというわけですね。確かに海外をみてもレアル、アヤックス……首都のクラブが強くないとリーグ戦は盛り上がりません。
石川: それはおそらく、東京以外のサポーターたちも思っていることではないでしょうか。実際、J2降格の際には、そういった声が聞こえてきました。やはり首都のクラブは強くなくてはいけない、と。

二宮: 天皇杯を制したことで、12年にはAFCアジアチャンピオンズリーグ(ACL)に出場しました。ACLの先にはFIFAクラブワールドカップ(CWC)もあります。
石川: やはり国の代表として、ましてや「F.C.TOKYO」という日本の首都クラブとしての戦いは本当にしびれました。サポーターもそうだったと思います。特に第1戦、アウェイでACL初勝利を挙げた瞬間は、喜びようがすごかった。アウェイでしたので、人数は少なかったのですが、FC東京としての一体感を得られました。ですから、この感覚をいつかCWCでも味わいたいと思いますね。

 トップ・オブ・トップを育成せよ

 FC東京のトップチームには現在、7人の下部組織出身者がいる。他のJクラブや海外でプレーする選手を含めると、FC東京のアカデミー出身のプロサッカー選手は50人を超える(前身の東京ガスフットボールクラブジュニア・ジュニアユース時代を含む)。

 FC東京の育成部門の責任者が大熊清だ。東京ガス時代から選手として同クラブでプレーし、監督としてもチームを率いた。現在は、育成部門のテクニカルダイレクター兼育成部長を務めている。主な仕事は育成選手の指導、発掘、スカウトだ。

 大熊はFC東京の選手育成のターゲットを「トップ・オブ・トップ」に求める。
「FC東京のトップチームでレギュラーになる選手、かつ世界に出て行けるような選手を育てる。プロ選手の輩出人数はトップクラスだと自負していますが、日本代表に選ばれるような“トップ・オブ・トップ”という意味では、権田修一や梶山陽平(現大分)ぐらいしかいません。丸山祐市や三田啓貴といったこれからの選手もいますが、もう1ランク上の、クラブを背負って立つような選手を発掘・育成するのが、我々の一番大切な使命だと思っています」

 ではトップ・オブ・トップにのぼりつめるには何が必要か。大熊が最も重要視しているポイントが、「攻守において貢献できるかどうか」だ。近年のサッカーでは「ボールも人も動くサッカー」がスタンダードになっている。FC東京も例外ではない。大熊はチームの核になれる選手を育成しようと考えている。
「攻撃だけ個性があっても、守備はできない選手、ボールを奪うことのできない選手はなかなかトップ・オブ・トップに残っていない。やはり攻守両方できる選手を育てたいと考えています」

 さらに、頂点に立つためのもうひとつの条件として、大熊は「人間性」も挙げる。
「FC東京は、“自立”というテーマを掲げています。トップ・オブ・トップには物事をしっかり自分で考えて、行動できる選手が残っている。ですから、育成年代の選手たちには周囲の選手のプレーのいいところを見て盗んだり、自分で考えて練習したりできるようになってほしいですね」

 トップチームとの距離

 FC東京U-18所属のMF輪笠祐士(高3)は、中盤の選手として攻守両面での貢献を意識してプレーする。彼は次のような抱負を述べている。
「U−18には、攻撃力の高い選手が多いんです。ただ、攻撃ができる分、守備の得意な選手が中盤にはあまりいない。僕も中学までは攻撃に関することばかりを伸ばそうとしていました。でも、U−18に昇格してからは、守備の部分で成長できるように心がけています。その時に、隣で練習しているトップチームの米本拓司選手、高橋秀人選手の守備を参考にしていますね」
(写真:FC東京の小平練習場。左のピッチをU-18が使用し、トップチームは右のピッチで練習する)

 FC東京の練習場には、U−18とトップチームのグランドが併設されている。U−18の選手たちは目と鼻の先でプロのプレーを見て、多くのことを学べる環境にあるのだ。

 DF渡邉拓也(高1)がいつも目で追うのが日本代表DF森重真人だ。
「森重選手がいちばんの憧れです。体がそんなに大きくないのに、すごく周りを見て、相手を読む動きをしている。自分に足りないところがすごくあると感じます」

 また「常にプロの選手を意識して練習に取り組めています」と語るのはMF佐々木渉(高2)だ。佐々木は各世代別代表にも選出されているホープ。そんな彼がお手本にする選手は、長谷川アーリアジャスールだ。
「ボールをもらうまでの動きだったり、ボールが入ってからのアイデアなどが勉強になります。ワンタッチパスなども、見ているところが違うなと。判断の部分でもすごく参考にしています」
(写真:FC東京U-18に所属する左から渡辺、輪笠、佐々木)

 このようなトップチームと育成の距離の近さはクラブ側に大きなメリットをもたらせる。FC東京の広報紙「東京アカデミー通信」には、育成年代の選手とトップチームの選手が対談するコーナーが掲載されている。

 下部組織がトップチームと連携する効果について、大熊は次のように期待を寄せる。
「トップチームの選手と交流して、『会話ができてよかったな』と感じるだけでなく、交流後に練習に取り組む姿勢、居残り練習の質、自主性が向上していってくれればいいですね」

 世界との差を埋める

 トップ・オブ・トップの育成には海外のメソッドも組み込まれている。実際に育成現場の視察も行っている大熊は、まだまだ世界との間には大きな差があると感じたという。
「ヨーロッパの育成というのは、非常にきめ細かいんです。たとえば、ジュニアユース以下のチームは、6〜7歳、8〜9歳、10〜11歳といった具合に分類しています。それに比例して、スタッフの人数も多い。環境面においても、ヨーロッパではトップチームの練習場所に、育成年代のグランドも設置されているところが多いですね。だいたい5面くらいのピッチを有していました」

 双方の差を埋めるひとつの方策として、FC東京は育成年代のチームを定期的に海外遠征へ派遣している。
「大陸でつながっているヨーロッパのクラブは、私たちが東京から埼玉に行くようなイメージで、外国へ行けます。つまり、比較的容易に異文化や異なるサッカーに触れられるわけです。島国の日本でそういう環境をつくりだすことはなかなか難しいものがあります。だからといって1年に1回、韓国遠征を行う程度では期間が空き、せっかく得た刺激が弱まってしまう。ですから、FC東京では積極的に海外遠征を行っています。選手はいろいろなモノを見て、肌で感じて本物になっていく。国外に子供たちを連れていって、人間的に成長を促し、サッカーの実力もつけることがもっと必要だと思います。費用の問題もありますが、ワールドクラスの選手を育成するために、どういう環境を整えなければいけないのかを、常に考えていかないといけないですね」

 FC東京がスケールの大きな首都クラブへと成長するためには、何が必要か。将来を見据えて大熊は語る。
「選手たちを海外に連れていくこともそうですが、指導者も、もっと勉強したり、自分から海外へ出て行って学ぶことも必要でしょうね。長年の経験から、子供たちは指導者の枠以上には大きくならないんです。指導者がさまざまなことを経験して、それを選手たちに落とし込む。スカウト、環境、指導者の質……。それらもクラブの実力として大事な要素です。このベースをもっと上げなくてはいけません」

「東京と言えば?」「FC東京」。それを合言葉にするための試みが続いている。

(対談構成/写真・鈴木友多)
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