名人は、ちょっとしたGKの動きも見逃さなかった。
「最初はファーサイドにフワッとしたボールを蹴ろうと思っていた。ところが助走の瞬間、GKが半歩前に出てきたので、思いっきり強いシュートを(ニアサイドに)打ったんだ」

 10月27日、J1第30節。大分トリニータ対横浜F・マリノス。前半45分、横浜FMのMF中村俊輔は角度がない右サイドからの直接フリーキックを、ゴール右隅に突き刺した。
 結局、このゴールが決勝点となり、横浜FMは敵地で大分を1対0で降し、首位を守った。

 また、このゴールで、直接FKでの得点はJ1リーグ通算17となり、ガンバ大阪の遠藤保仁の16を抜き、単独トップに立った。

 俊輔のFKと言えば、忘れられないのが06−07UEFAチャンピオンズリーグ、マンチェスター・ユナイテッド戦での一撃だ。俊輔言うところの「上から降らせる」FKがゴール右隅に突き刺さった。振り返って俊輔は語った。

「相手といいボールの軌道といい、あれは最も印象に残るFKのひとつです」
 セルティックの4シーズンで、俊輔はスコティッシュ・プレミアリーグ3連覇など6つのタイトル獲得に貢献した。

 俊輔のFKに対するこだわりは尋常ではない。かつては「こすり上げるように蹴るのがコツ」と語っていたが、最近はそうは言わなくなった。
 なぜか? と聞くと、こんな答えが返ってきた。この春のことだ。

「2006年のドイツW杯あたりから、ボールに縫い目がなくなってきた。こすり上げてもボールが抜けてしまって、落ちなくなってきたんです」

――回転がかからなくなってきたということか?

「いや、回転はかかっているんですけど、落ちなくなって伸びていくようになった。要はボールの縫い目に空気が入ることで抵抗が生じ、ボールが曲がるわけでしょう。
ところが、最近のボールは曲がらずに、そのまま伸びていってクロスバーを越えてしまう。そうならないようにするには足のスイングの振り方は変えずに、角度だけを変えるしかない。そうすることで調整できるようになったんです」

 トップ下でのプレーもFKに好影響をもたらせているようだ。

「このポジションだと相手ボールであっても、味方が奪えば僕のところにくるし、いろいろな人と絡めるのでアドレナリンも出てくる。アドレナリンが出た状態でFKを蹴ると入る確率が高いような気がします」

 そんな俊輔を日本代表に推す声は少なくない。ラモス瑠偉も、そのひとり。
「今季の俊輔のパフォーマンスは抜群よ。なぜザッケローニ監督は彼を使わないの?」

 残念ながら本人は代表引退を表明している。いずれにしろ栄光も挫折も経験してきた男が35歳で発するオーラは独特である。

<この原稿は『サンデー毎日』2013年11月17日号に掲載されたものです>

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