「それじゃダメだ」
 高校3年の春、上田晃平にそう声をかけたのは東映、巨人で投手として活躍した高橋善正だ。当時、高橋は母校の中央大学野球部の監督を務めていた。知人から「愛媛にいいピッチャーがいる」と聞いて、わざわざ南宇和高校に足を運んだのだ。その日、練習試合が行なわれる予定だった。上田は当然意気込んでいたが、不運にも雨天中止となった。そのため、ブルペンで上田のピッチングを見ていた高橋は、こう上田にアドバイスをした。
「130キロのボールでも、コーナーを突けば、大学でも十分に通用する。スピードよりもコントロールを意識して投げなさい」
 そして、こう続けた。
「ゆっくりとした遅いスローカーブを投げてみろ」
 これが上田のピッチングが大きく変わるきっかけとなった。
 上田は高橋の言われるがままに、スローカーブを投げてみた。すると3球目、ブルペンの屋根に当たりそうなほど、大きな弧を描いた山なりのボールが、ストライクゾーンにスポッとおさまった。それを見た高橋はこう言った。
「今のフォームが一番、無駄のないフォームだ。そのフォームで真っ直ぐを投げられるようにしなさい」
 上田にとっては、新しい感覚だった。

 現在も、上田はキャッチボールはカーブから入る。
「まず最初に何球かカーブを投げるんです。もちろん、ただ投げるだけでなく、きちんと相手の胸のところにおさめる。そのためにはしっかりと腕を前に持っていかなければいけないですし、下半身も使わないとボールが浮いてしまいます。だから、全身を使って投げるという感覚をつかむことができるんです。それからストレートを投げると、力みのないいい感覚で投げることができます」
 恩師からのアドバイスは、今も上田のピッチングの基本となっている。

 刺激となった同級生の存在

 2011年春、上田はスポーツ推薦に合格し、中央大に進学した。高橋の的確なアドバイスは、それまで進路について何も考えていなかった高校3年の上田の心に大学進学、それも中央大という目標を芽生えさせていたのだ。そして高橋の他に、上田が大学で会うのを楽しみにしていた人物がいた。春夏連続で甲子園の優勝投手となった沖縄・興南高のエース島袋洋奨だ。

「3年の春にセレクションを受けに行ったんです。その時に、島袋が中大に来るかもしれないというウワサが流れていました。ただ、他の大学の名前も挙がっていたので、確実だったわけではないんです。でも、もし本当に一緒に中大に入れたら、こんなにラッキーなことはないなと思いました」
 だが、同じピッチャーというポジションの島袋がライバルになるという不安はなかったのか。
「その時点では、島袋が完全に上でしたからね。そんなすごいピッチャーを近くで見て、自分もいろいろと勉強したいなという思いの方が強かったです」

 入学早々、上田は2度も全国の頂点に立った島袋と自分との間にある差を痛感させられたという。
「春のオープン戦で投げさせてもらったんです。真っ直ぐも140キロ中盤は出ていましたし、変化球もキレていたので、自分としては自信を持って投げたのですが、まったく通用しませんでした。一方の島袋や同じく同級生の石垣永悟は試合慣れしている感じでした。コントロールもいいですし、たとえピンチになっても動じない。ピッチングの組み立て方もわかっていて、すごいなと思いました」

 そんな上田に高橋は厳しい言葉を投げた。
「オマエはあいつらの3倍は練習しないと、追い越せないぞ」
 その言葉を胸に、上田はこれまで島袋や石垣に“追いつけ、追い越せ”を目標に練習に励んできた。同級生の存在が、上田の成長を加速させたのだ。

 継続は力なり

 大学3年間での成績は、16試合に登板し、5勝2敗。ピッチャーとしては最年長となった今年は、さらにチームに貢献しようと臨んだものの、夏にヒジを故障し、納得のいくシーズンを送ることができなかった。だが、単にリハビリだけをしていたわけではなかった。戦列を離れていた期間、上田は新たな取り組みを始めていた。それはその日あったことをノートに書き記すこと、そして夜の走り込みだ。

「自分に妥協したくないと思ったんです。それで、その日あったことをノートに書いておこうと。そうすれば、自分を振り返ることができますから。それと平日の夜は毎日、5、6キロ走っています。走り込んで、さらに下半身を鍛えるという意味もありますが、それ以上に何かを継続することで、自分に自信ができればいいなと思ったんです」

 秋季リーグの終盤、復帰してからも、上田はこの2つを続けている。それは残り1年となった大学野球に悔いを残さないためだ。
「とにかくやり残しがないように、練習から出し切るということを目標にしてやっています」

 実は、上田が入学して以降、中大は一度も優勝していない。優勝未経験のまま、大学野球を終えるわけにはいかない。
「チームの勝利に自分が一番先頭に立って貢献しなければいけないと思っています」
 残されたチャンスはあと2回。上田はすべてをかけるつもりだ。

 そして将来的な目標は、プロ入りだ。
「来年のドラフトでは無理でも、社会人に入って、いずれはプロを狙えるくらいの選手になるつもりです。人生は一度きり。これまで長い間、野球をやらせてもらっているのですから、それくらいの選手にならないといけないと思っています」
 
 上田の野球人生において、来年は正念場と言っても過言ではない。果たして、どんなシーズンを送るのか。勝負はこのオフ、既に始まっている――。

(おわり)

上田晃平(うえだ・こうへい)
1992年5月10日、愛媛県生まれ。小学校でソフトボールを始め、中学校では軟式野球部に所属。南宇和高校時代には2年時からエースとして活躍した。2011年、中央大学に進学。同年秋にリーグ戦初登板を果たすと、2年春には初勝利を挙げる。秋は先発を務め、駒澤大戦で初完投初完封勝利を収めるなど、2勝をマーク。今春も2勝(1敗)を挙げるも、夏にヒジを故障し、秋はリリーフでの3試合にとどまった。リーグ戦通算成績は13試合5勝2敗。177センチ、72キロ。右投右打。

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(文・写真/斎藤寿子)
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