ブラジルW杯・グループリーグにおけるベストゴールのひとつと言っていいだろう。決めたのはオーストラリア代表FWのティム・ケーヒルだ。
 対オランダ戦。0対1で迎えた前半21分、DFライアン・マクゴーワンからの後方からのクロスに合わせ、ケーヒルは左足を鋭く振り抜いた。


 ゴールまでの距離約13メートル。ドライブのかかったシュートはクロスバーをたたき、そのままインゴールに落ちた。身長187センチのGKヤスパー・シレッセンも為す術がなかった。

 お決まりのコーナーフラッグに向かってのシャドー・ボクシングも飛び出した。トレードマークの歓喜のパフォーマンスだ。
 何度かこれを目の当たりにしたが、腰の入ったフォームはダテではない。サッカーではなくボクシングをやっていても、おそらく世界ランカーになっていただろう。

 サッカーに話を戻せば、ボレーの技術もさることながら、称えられるは、その思いっきりの良さだ。彼のプレーには迷いが見られない。これはストライカーとして、何物にも代え難い資質である。

 試合こそ2対3で敗れたが、ケーヒルは「間違いなく、僕のキャリアの中でベストゴール」と満足そうに語っていた。

 ケーヒルに対しては、苦い思い出がある。8年前のドイツW杯、グループリーグの初戦でジーコ・ジャパンを粉砕したのが彼だった。

 ケーヒルがマルコ・ブレシアーノに代わってピッチに入ったのは後半8分だった。この時点でスコアは日本の1対0。オーストラリアのパワープレーに苦しみながらも、日本は何とかしのいでいた。

 ところが、である。後半39分、ロングスローからのボールを長身のジョシュア・ケネディに頭でつながれ、こぼれ球をケーヒルに押し込まれたのである。
それまでファインセーブを連発していたGK川口能活が前に釣り出され、空き家となったゴールを襲われた格好だった。

 さらに、その5分後、またしてもクリアボールをケーヒルに拾われた。振り抜いた左足から放たれたシュートは、ゴール左ポストに当たり、逆サイドのネットを揺らした。

 同点弾と逆転弾。日本はケーヒルひとりに煮え湯を飲まされた。

 煮え湯と言えば、メルボルンでの南アフリカW杯アジア最終予選でも、日本はケーヒルに2点を奪われている。名うての日本キラーだ。

 そのケーヒルも、もう34歳。現在はMLSのニューヨーク・レッドブルズでプレーしている。イングランド・プレミアリーグのエヴァートンでプレーしていた頃の切れはないが、まだまだフリーにすると怖い存在だ。

 結局、オーストラリアはグループリーグで姿を消したが、ケーヒルは2ゴールをマークし、存分に存在感を示した。ちなみにAFCの選手としてW杯通算5ゴール(うち2ゴールはオーストラリアがOFC所属時)は、最多である。

<この原稿は『サンデー毎日』2014年7月13日号に掲載されたものです>


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