日本の中だけではそこまで価値を見出されないが、海外から絶賛されると国内でも、というケースは意外に多い。日本人がシャイで自信を持てないのか、足元にあるいいものに気が付かないのか。芸術、音楽の世界はもちろん、工業製品からコンビニの便利さ、治安の良さなどなど……。国内にいると当たり前と思っていることが、海外から見ると「Cool!」となるわけだ。つい先日も、海外から絶賛を受けて急激に人が増えているというところに行ってきた。それは「西瀬戸自動車道」、通称「しまなみ海道」。ここは建設当初、「こんなにお金をかけてどうするんだ」と非難の声が多かった場所だが、今では国内外から沢山の人を呼び寄せている。
(写真:橋の上も自転車、歩行者専用道で走りやすい)
 建設計画から全線開通まで26年かかり出来上がったルートは、10本の橋で愛媛県の今治と広島県の尾道を結ぶ全長約60km、約7400億円の建設費がかかった。当初から本州四国連絡道路の中でも、経済基盤では兵庫県と徳島県の「神戸・鳴門ルート」に、距離では岡山県と香川県の「児島・坂出ルート」に及ばないということで、その有用性を説明しにくかったようだ。もっとも、そのおかげで片側一車線にし、鉄道付属施設をなくすことでコンパクト設計となり、建設費用は3つのルートの中で最も安くなったといわれている。

 しかし、後出しの割には、ちょっと特徴が弱い。そこに付帯させたのが「自転車、歩行者専用道路」であった。これにより、車や鉄道以外でも、四国と本州を結んだ初めてのルートとなる。だが、どれだけの人が来るのか、当初は懐疑的な見方が多かったらしい。確かに、今でこそ自転車を乗る人が増えたが、20年前にその計画を考案し、実行するには勇気がいることだっただろう。こうして全長70km、6つの橋を経由する、空中散歩のサイクリングコースができ上がった。
(写真:橋へのアプローチの迂回路)

 そのしまなみ海道に人が多数来るようになったのはここ5年のこと。特に2012年に自転車界の巨人、世界的メーカーの「ジャイアント」の会長が、しまなみ海道を走り、絶賛したことからアジアの観光客が増え始めた。さらに今年の5月、米国のCNNが「世界で最も素晴らしいサイクリングコースのひとつ」と紹介したことで、海外からの来客が一気に倍増したようだ。時期を同じくして行政と民間が一体となり、自転車と泊まれる「サイクルホテル」を尾道にオープンし、連日好評を得ている。国外からのお墨付きをもらったのが幸いし、「5月以降は今までにない活況」と地元関係者の弁。面白いことに、国内からの来客も増えているという。皆が話題にし、評判が広がることで国内での注目度も上がったというところか。いずれにしても、しまなみ海道は今や、国内屈指の人気サイクリングコースとなった。

 ビギナーでも楽しめる“街ぐるみ”のコース

 そこまで話題になっているところに、自転車業界にいる人間として行かねばならぬということで、私も走りに行ってきた。その感想は「素晴らしい!」の一言。景色、ロケーションはもちろんだが、初心者にもやさしいコース設定、表示の分かりやすさ、観光ガイドの充実、沿道の商店の協力と、どれをとっても良く整備されていて、初めてのサイクリングという方や子供連れでも安心して走ることができる。
(写真:尾道、向島間だけは橋ではなく渡し船)

 景色やロケーションが素晴らしいのは、現地に行けば、すぐに理解してもらえるだろう。瀬戸内海の島々を橋でつなぎながら進んでいく感じが、まさに「海を走る」という表現がぴったり合う。他では体験できない感覚のサイクリングが楽しめるはずだ。

 そして、自転車専用道の設置により、車を気にしないで走れる区間も多く、車と並走する島中道路も沿道住民が理解してくれているので走りやすい。また、橋が大きければ大きいほど、その橋へのアプローチで高低差が出ることが多く、どうしても急坂の連続となってしまいがちだが、そこに緩やかなアプローチの迂回路を設置することで、距離こそ長くなるものの、初心者でも自転車を降りることなく走り続けられるようになっている。迂回路をすべての橋に設けることは大変な作業で、その費用を考えると大規模な事業だ。それでも提案した人に拍手を送りたい。表示も明快で、ブルーのラインが道路脇に延々と引かれており、70km先まで地図を見なくとも導いてくれる仕掛けとなっている。
(写真:このブルーのラインがサイクリストを導く)

 沿道の商店も協力的で、通過する街々の軒先には常に自転車スタンドが置いてある。それがコンビニだけでなく、本屋の前にも置いてあるのには笑ってしまった。でも、これがあるだけで、「自転車の方もどうぞ!」と言ってもらっているようで心地良い。つまり「地域が僕達を受け入れてくれている」という安心感にもつながっている。そして、あちこちに看板が出ており、ガイドブックも充実していたので、途中の名所や、食べ物、宿泊などの情報収集に不便することはなかった。ここまでサポートしてもらっていれば、自転車やツーリングに不慣れな人でも、体力に自信がない人でも安心である。どんな方にも安心してお勧めすることができる。

 その反面、整備され過ぎて面白くないという意見があるのも分かる。自分でルートを探し、出てくる道に喜んだり、がっかりしたりしながら攻略していくのもツーリングの楽しみでもあるからだ。だが、そんな中級レベル以上の方もご心配なく。途中の島々を探索したり、今治から四国を回ったりと、オプションは他にいくつもある。同時期にしまなみ海道を走った友人は、徳島まで四国ツーリングを楽しんだという。そう、旅はいくらでも広げることができるのだ。

 さて、すでに内容も評判もそろっているしまなみ海道だが、更なる充実を図っている。秋には大掛かりなツーリングイベントが開催される予定で、その周辺でのイベントや、前出の「サイクルホテル」の拡張計画もあるとか。自転車に乗っている人はもちろんだが、ちょっと遠のいている方も、この機会にじっくりサイクリングなどいかがだろう。

白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール
 スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦していた。スカパー!(J SPORTS)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための新会社「株式会社アスロニア」の代表取締役に就任。昨年1月に石田淳氏との共著で『挫けない力 逆境に負けないセルフマネジメント術』(清流出版)を出版。
>>白戸太朗オフィシャルサイト
>>株式会社アスロニア ホームページ


◎バックナンバーはこちらから