この夏、世界を夢中にしたサッカーのワールドカップ(W杯)。開催地ブラジルとの時差もあり、寝不足が続いていた人も多かったのではないだろうか。予想外の展開、結果に喜んだり驚いたり……。普段はそれほどサッカーを見ていない人にも、世界の技は十分に見応えがあったことだろう。個人的には、ゲームのほとんどを支配したり優勢に進めていたにもかかわらず、相手にワンチャンスを決められて敗退したり、流れを変えられてしまうシーンを何度も目のあたりにし、サッカーの残酷さと難しさをヒシヒシと感じることが多かった。逆にいうと、これがロースコアで争われるこのスポーツの面白いところなのだろう。
(写真:ロンドンの名所ビッグ・ベンの脇を駆け抜ける (c)Yuzuru Sunada)
 そんな僕の気持ちにスッと入ってくる言葉があった。新聞の解説で日本サッカー協会の川淵三郎最高顧問が何度か書いていた「This is Football」だ。「そんなことも、こんな事も、それこそがフットボールなんだよ」という深い言葉で、サッカーの面白さ、厳しさを的確に表現していると思う。

 W杯よりやや遅れて始まったのは、同じく世界的人気を誇る「ツール・ド・フランス」。オリンピック、W杯に次いで、多くの人とお金が動く人気スポーツである。それを毎年開催しているのだから恐れ入る。今年は史上2度目の英国スタートで、熱狂的な英国ファンに迎えられ、ロンドンでゴールする第3ステージでは、500万人の観客動員数を記録した。あまりに観客が多く、その割にはフランスやイタリアとは異なり観戦慣れしていないこともあり、あちこちで観客が選手に接触する事故が起きてしまった。いずれにしても英国での3日間は大変なお祭り騒ぎとなった。

 波乱続出!? 2014ツール・ド・フランス

 そんな盛り上がりの中で、レースでは期待の英国選手が予想外のトラブルに巻き込まれていった。世界最高のスプリンター、マーク・カヴェンディッシュは、なんと初日のスプリントで落車した。初日ステージに勝って、母国でのマイヨジョーヌ(総合1位が着用するジャージ)獲得という夢は一瞬にして消えてしまった。更に落車のダメージは大きく、翌日からは走ることもできずに、戦列から消えて行った。今回も勝利の量産を期待されていた英国人スプリンターの初日リタイアは、あまりにあっけなく、本人、チームはもちろん英国ファンの期待をも打ち砕いてしまった。

 その4日後、フランスの北東、フランダース地方を走る第5ステージは当初から難関と見られていた。そこには「パヴェ」と言われる石畳を走るセクションが含まれていたからだ。1日で終わるレースなら、落車などでレースを失ったとしても、その日のレースを失うだけのことである。しかし、ツールは3週間に渡る壮大なレース。そのうちの1度でも止めてしまえば、優勝争いはもちろんのこと、3週間のツールからの離脱を指す。つまりどんなに強くても、たった1度のトラブルですべてを失うリスクがあり、そこに巻き込まれないかが重要なのだ。この日は総合優勝を狙う選手にとって万全の対策と、細心の注意を払って挑むことになった。

 しかし、石畳セクションに入る前に、前年のチャンピオンであり、今回も優勝候補の最右翼だった英国のクリス・フルームが2度の落車に巻き込まれ、レースを続行できなくなってしまった。大本命がわずか5日でレース離脱を余儀なくされる波乱。それも、難関に差し掛かる前の出来事だっただけに、世界中がどよめいた。そして、またしてもスタートで湧いた英国ファンを悲しませることになってしまった。

 その5日後の第10ステージでは、もう1人の優勝候補であるスペインのアルベルト・コンタドールが落車。治療を受けて走り出すも、途中リタイアしてしまった。後の報告によると腓骨骨折だったという。その足で20?走り続けた彼の精神力もさることながら、そんな無理をさせてしまうツールでのプレッシャーは並大抵のものではない。こうしてツール開幕前に2強と言われていた2人が、日程の半分を消化する前にレースから姿を消してしまった。

 運と実力を兼ね備えてこその王者

 フルームとコンタドールは、優勝できる実力を十二分に備えていただけに、そのための準備と意気込みも並々ならぬものがあった。さらにチームもこの世界最大のレースで勝つために相当な準備と投資をしてきた。ある意味、多くの人が1年を通して目標としてきたものが、一瞬にして終わって行くはかなさ。実力がなければ勝てない。だが実力だけでも勝てないサイクルロードレースの厳しさ、冷酷さをあらためて感じさせるツールとなった。

 だが、これもロードレース。「This is Cycle Road race」。実力も運もすべて備え持つ者だけが確実に成功を手にする。つまり誰もがさまざまなリスクを冒し、成功と失敗を繰り返しながら進んでいくしかない。何があっても、さじを投げたら終わってしまう。それはサッカーも同じ。これこそがスポーツなのだ。

 ツールもW杯も王座はひとつしかない。そのほかは全員、敗者となる。つまり勝者になることはほとんどなく、大半が敗者となるのだ。しかし、負けることや失敗から学ぶことが多いのもスポーツである。

 総走行距離3664kmのツール・ド・フランスは7月27日のパリ・シャンゼリゼの最終ゴールまで続く。もう少し寝不足の日々が続きそうだ。

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白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール
 スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦していた。スカパー!(J SPORTS)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための新会社「株式会社アスロニア」の代表取締役に就任。昨年1月に石田淳氏との共著で『挫けない力 逆境に負けないセルフマネジメント術』(清流出版)を出版。
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