6年後に迫った東京オリンピック・パラリンピックに向けて、さまざまな取り組みが行なわれる中、パラリンピック選手の強化について、一般社団法人日本パラリンピアンズ協会が動き出しました。パラリンピック全競技の選手・強化関係者から意見を募り、まとめたものを公表したのです。テーマは「障害者スポーツのハイパフォーマンス選手の強化について」。7月30日から日本パラリンピアンズ協会のウェブサイト( http://www.paralympians.jp/ ) で公開されています。
 きっかけのひとつとなったのは、パラリンピックのナショナルトレーニングセンターの設置案が出されたことです。当初、発表されたのは埼玉県所沢市にある国立障害者リハビリテーションセンターの敷地内に設置をするという案でした。しかし、実はこの案に賛同したパラリンピック選手は少なかったのです。なぜなら、パラリンピック選手が最も望んでいるのは「オリンピック選手と同様の環境での強化」だからです。

 今年4月に方向性として示された、既存の東京都北区にあるナショナルトレーニングセンターおよび国立科学トレーニングセンターを、オリンピックとパラリンピックの共用施設にするという案に、パラリンピック選手の多くが賛同の意を示しました。それはなぜなのでしょうか。もちろん、最新設備でトレーニングをしたいということもあります。

 しかし、それだけではありません。パラリンピック選手は、ナショナルトレーニングセンターという場所だけではなく、「人材」と「知見」の共用を必要としているのです。これまで培われたオリンピック選手に対する競技指導のノウハウや、最新のスポーツ医科学によるサポートを受けることで、より高いパフォーマンスを実現すること。これこそが、パラリンピック選手が求めていることなのです。ところが、パラリンピック選手の意識と私たち国民との間には大きなギャップがあるのです。

 必要なのは競技専門の指導とスタッフ

 このギャップとはいったいどこから生じているものなのでしょうか。それは「障がい者スポーツ」というイメージから来ているのではないかと推測しています。例えば障害のある人がスポーツをする、と聞いて思い浮かべるのが、「介助者」や「完全なユニバーサルデザインの設備」の必要性という人も少なくないでしょう。確かにリハビリの場や、障がいの度合いによっては必要です。しかし、国の強化指定選手には、ほとんどの場合、介助者も完全なユニバーサルデザインの設備も必要ありません。実際、他のスポーツ選手と同じように、たったひとりで世界を転戦している選手はたくさんいるのです。

 そのような選手が今必要としているのは、障がいに関する知識を有する指導者ではなく、競技に関する高い専門性を有するコーチやスタッフです。そして自らの障がいにおいての専門医師は既に各々いますから、競技者として求めているのはスポーツを専門とした医科学的見地からのサポート。例えば、スポーツ活動において起こる傷害を予防するなどの医科学的支援。つまり、多くがオリンピック選手と共通しているのです。これは彼ら彼女らは障がい者スポーツをする人たちの中でも頂点にいるトップアスリートであることを起点にして考えれば、当然のことなのです。しかし、「障がい者である」ことから出発すると、無意識に特別の気遣いが働き、前述したようなパラリンピック選手が本来希望しているところまでに思い至るのが難しいのです。

 そういった意味からも、今回、当事者である選手自らが意見を発表したことは大きな意味があります。ビジネスの世界でもそうですが、既に出来上がっているものに対して評論することは容易なことです。例えば、政府が発表した計画に反対したり、建設された後の施設に不満を言ったりする。これは誰もができることでしょう。しかし、今回パラリンピアンズ協会はそうではなく、計画ができる前に、きちんと自分たちの意見を述べる道を選択しました。さらに、今後も選手の意見を集め、発表していくとしています。この真摯な姿勢は、実に清々しく、これからの成熟国家におけるパラリンピアンの姿が見えるようで、ますます目が離せないのです。

伊藤数子(いとう・かずこ)プロフィール>
新潟県出身。障がい者スポーツをスポーツとして捉えるサイト「挑戦者たち」編集長。NPO法人STAND代表理事。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会顧問。1991年に車いす陸上を観戦したことがきっかけとなり、障がい者スポーツに携わるようになる。現在は国や地域、年齢、性別、障害、職業の区別なく、誰もが皆明るく豊かに暮らす社会を実現するための「ユニバーサルコミュニケーション活動」を行なっている。その一環として障がい者スポーツ事業を展開。コミュニティサイト「アスリート・ビレッジ」やインターネットライブ中継「モバチュウ」を運営している。2010年3月より障がい者スポーツサイト「挑戦者たち」を開設。障がい者スポーツのスポーツとしての魅力を伝えることを目指している。著書には『ようこそ! 障害者スポーツへ〜パラリンピックを目指すアスリートたち〜』(廣済堂出版)がある。