大舞台で2度の指名戦をクリアしたこの半年間において、実績だけを考えれば、WBO世界バンタム級王者・亀田和毅はすでにアメリカで最も成功した日本人ボクサーになったと言ってよい。
 7月12日にはラスベガスのMGMグランドガーデン・アリーナで、元WBO世界バンタム級王者、当時同級1位だったプンルアン・ソー・シンユー(タイ)に7ラウンド1分35秒でTKO勝利。11月1日には、シカゴで暫定王者のアレハンドロ・ヘルナンデス(メキシコ)に2−1ながら明白な判定勝ちを収めた。
(写真:23歳にして海外経験豊富なためか、和毅は若さに似ぬ堂々とした態度でアメリカのリングに立つ)
 特にボディ一発でプンルアンを悶絶させた7月のKO劇のインパクトは大きく、直後にはアメリカのファンの間でも少なからず、話題になった。今回の試合は内容的にはもうひとつだったが、3度目の防衛という最低限の結果は出してみせた。

 31戦のうち19戦を海外でこなしてきたからか、23歳にしてアメリカのリングでも場慣れを感じさせる。1日はメガケーブル局Showtimeで全米中継される興行のセミファイナルという大役だったが、気後れは見られなかった。試合前後の会見を母国以外の言葉で堂々とこなしてしまう、たくましい日本人ボクサーは、筆者の記憶にはない(注:和毅はスペイン語に堪能)。

「バンタムでは一番やと思っているし、強い奴とやっていきたい。ボクシング人生1回やし、強い奴とやって証明したい」
 そう語る和毅には、来春にもWBA王者ジェームス・マクドネル(イギリス)とのアメリカ国内での統一戦が組まれる予定という。この試合をはじめ、亀田にはこれから先もアメリカでの活躍の場が用意されそうである。

 こうして和毅がレールに乗りかけている最大の理由は、やはり現在の米ボクシング界で最大の影響力を誇る強力アドバイザー、アル・ヘイモンの目に留まったことである。フロイド・メイウェザーを先頭とする多くの有力選手を支配下に収めるヘイモンは、Showtimeを始めとするテレビ局との結びつきが強固。契約選手に、もれなくテレビ放映付きでの試合枠と高額報酬を供給する能力で知られる。
(写真:16歳でメキシコに渡った和毅はスペイン語が得意で、試合後はスペイン語、日本語の取材を順番にこなしていった)

 このミステリアスなフィクサーと、和毅もプンルアン戦後に契約。アメリカでは主流ではないバンタム級の選手に大物アドバイザーが触手を伸ばしたことは意外に思えるかもしれない。その背後に、ヘイモンが2015年からNBC局と組んで開始する新シリーズがあることは間違いない。

 報道によると、この新テレビ興行シリーズにヘイモンは自ら2000万ドルを投資するという。多くのカードは姉妹局のNBCスポーツ(ケーブル局)で放映されるが、少なくとも4興行は地上波NBCで中継される予定。このプランが順調に進めば、最近はほぼケーブルテレビ限定のコンテンツだったボクシングが、近未来、本格的にアメリカ地上波に戻って来ることになる。
 
「(ヘイモンは)自身の契約選手をHBO、Showtimeから取り除こうとしている」
 東海岸の有力プロモーター、メインイベンツ社のキャシー・デュバ氏はそう語り、この新シリーズの計画を裏付けている。
 HBO、Showtimeといったメガケーブル局の資金援助なしに興行を続けられるかどうかに疑問は残るが、いずれにしても、自前のテレビ興行シリーズには選手の頭数が必要。最近のヘイモンが、和毅をはじめとするアメリカでなじみの薄いボクサーも支配下に収めていた理由は、これで説明がつく。

「アメリカでのプロモーション、マネージメントは全部、アル・ヘイモン。代理人のチームと何回も話しているし、試合終わって、改めて今日か明日かに話あると思う。アメリカでチャンスをつくっていってくれるという話もしてくれている」
 シカゴでの興行で1年ぶりの復帰戦を飾った長男の亀田興毅にヘイモンとの関わりを聴くと、そんな答えが返ってきた。一部の噂通り、ヘイモン傘下に収まるのは三男だけではない模様。だとすれば、近い将来、3兄弟の登場するカードがNBC系列で組まれても、もう誰も驚くべきではないのだろう。
(写真:興毅は4ラウンドTKO勝ち。内容もまずまずだった)

 世界的にも珍しい“ボクサー3兄弟”は、実際にアメリカのプロモーターにとっても売り出しやすい“商品”である。彼らが諸事情により、母国で試合ができなくなったプロセスは理解されておらず、マイナスイメージはない。そして、軽量級ゆえに比較的安価な投資で済むことも考えれば、亀田兄弟はヘイモンの新シリーズにとって、おあつらえ向きの駒であると言ってよい。

 もっとも、本場のファンの目はごまかせず、亀田兄弟も今後は実力、商品価値の両面でアピールし続ける必要がある。目玉になるのは、やはりブラザーズの中でも毛色の違うスキルと身体能力を持つ和毅に違いない。2人の兄のこれ以上の伸びしろは疑問視されるだけに、三男に課される責任は重い。

 プンルアン戦ではアメリカの関係者を驚かせた和毅だったが、ヘルナンデス戦は勝ちはしたものの、評判は芳しくなかった。特に左目をカットした試合終盤はやや失速。大きな見せ場を作れぬまま終了のゴングを聞き、シカゴのファンから小さいながらもブーイングも浴びる結果となった。

「試合前に(アメリカで)スーパースターになりたいと言っていた亀田は、勝ちはしたが、望んでいたアピールはできなかった。良い選手ではあるが、スーパースター候補のパフォーマンスではなく、それに近くすらなかった」
 ESPN.comのダン・レイフィール記者のそんな記述は、アメリカのメディアの代表的な意見である。

 40戦のキャリアがあるヘルナンデスは経験に裏打ちされた巧さのある選手で、きれいに勝つのが難しいタイプではあった。そんなベテランに、ときに接近戦を挑み、観客を湧かせる意欲を示したことは評価できる。

 ただ、たとえ軽量級でもあのくらいの相手は珍しくはない。容易でない展開の中でも、何らかの形でハイライトをつくる術を見つけていかない限り、これから先もファンを飽きさせてしまうことになりかねない。
(写真:長男の興毅もヘイモン傘下となり、アメリカでの試合が続きそうだ)

 具体的には、何かひとつ売り物になるパンチを見つけ、磨きをかける努力が必要になってくる。和毅の手持ちの中で、可能性があるのは左ボディブローか。

 派手なKOシーンを生み出したプンルアン戦だけでなく、ヘルナンデス戦でも良い角度でボディを叩き、相手の動きを止めるシーンが何度か見られた。とかくパンチが手打ちであることが指摘される和毅だが、腰を入れて打った際のボディブローにはインパクトがある。

 今後、機会を見計らった上で、より効果的にこの得意パンチを使うことができるか。年齢を重ねるにつれて身体ができていく中で、最大の長所であるスピードを失わぬまま、他のパンチにも体重を乗せる術を覚えられるか。そのあたりがアメリカで商品価値を高める鍵になるだろう。

 層が厚いとは言えない軽量級でも、和毅がアメリカ国内で抜きん出るためにはもう1、2段はレベルを上げる必要がある。そして、彼にそのポテンシャルがないとは思わない。日本の関係者から、いろいろ聞かされてはきたが、実際にリングサイドから観た和毅は、今後を楽しみにせざるを得ない好素材だった。

 前述したヘイモンとの絡みもあって、アメリカのリングの常連になっていく可能性はすでに現実的。今後、日本人選手としては歴史的な実績を残すことも十分に考えられる。そんなシナリオを実現させる力が実際に備わっているか、これからしばらくは、その動向に注目していきたいところである。


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杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。著書に『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)『日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価』(KKベストセラーズ)。

※杉浦大介オフィシャルサイト>>スポーツ見聞録 in NY


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