元メジャーリーガーの建山義紀が現役引退を表明した。今季は途中から阪神に入団したものの、登板はわずかに8試合。ポストシーズンのロースター入りを果たせなかったことで、選手生活の幕引きを決断した。右サイドハンドの建山はドラフト2位で1999年に日本ハムに入団。主に中継ぎとして、2007年の日本一に貢献した。11年には米国に渡り、レンジャーズでリーグ優勝を経験している。日米で活躍したリリーバーとしての誇りを、2年前の原稿で見てみよう。
<この原稿は2012年3月5日号『ビッグコミックオリジナル』(小学館)に掲載されたものです>

 ダルビッシュ有がメジャーリーグ、アメリカンリーグに所属するテキサス・レンジャーズに入団した。5年連続防御率1点台の日本最強のピッチャーを獲得したレンジャーズは悲願のワールドシリーズ初制覇を目指す。

 そのレンジャーズで昨季、リリーバーとして39試合に登板、2勝1セーブ4ホールドをあげてリーグ優勝に貢献したのが建山義紀だ。北海道日本ハムではダルビッシュの先輩にあたる。

 ズバリ、ダルビッシュはいくつ勝てるのか?
「ウチは打撃がいいから15勝以上はすると思いますよ。彼は多才な男。真っすぐとカーブとフォークボールだけでも十分おさえられるのに、まだ変化球を覚えようとしている。好奇心が旺盛なんでしょうね」

 建山のダルビッシュ評は本人の次のコメントに重なる。彼は入団記者会見で、こう語った。
「ストレートは、みんなが思っているほど速くない。変化球は球種もあり、いい球を見せられると思う」
 これは謙遜だろう。MAX156キロを誇るダルビッシュのストレートが「みんなが思っているほど速くない」のであれば、いったい誰が速いのか。いずれにしても、彼が日本の“最終兵器”であることは間違いない。


 日刊スポーツ(1月22日付)によれば、「ヨシ(建山)のおかげで文化の違いなども勉強できた。ダルビッシュが多く投げたいのであれば、我々としても投げ込みは大歓迎だよ」とマイク・マダックス投手コーチも日本流の調整に理解を示しているという。ダルビッシュにとっても建山の存在は心強いに違いない。

 建山は昨季、FA権を行使してレンジャーズに入団した。エキジビジョンゲーム(オープン戦)で結果が出ず、マイナーリーグからのスタートとなった。
「まるでヤドカリのような生活でしたね」
 建山はそう振り返る。
「最初のチームはレンジャーズの本拠地から車で2時間くらい南にあるラウンドロック。パシフィック・コーストリーグに所属しています。メンフィスまでバス移動で12時間。そこで4試合して、さらに10時間かけてアイオワに移動。タフな生活でした。寝台がついているバスもあるのですが、3段ベッドで天井までは15センチくらい。もう息苦しくて仕方なかった。
 食事にも苦労しました。ピーナッツバターを塗った食パン2枚だけ食べて登板したこともあります。それだけでは足りなくて自分でサンドウィッチを買ってきて食べたりもしていました」

 メジャーリーグに昇格したのは5月23日。ラウンドロックからアーリントンまでは飛行機で30分。用意されたシートはファーストクラスだった。
「移動も食事もメジャーとマイナーとでは段違いです。マイナーを経験したおかげで、マイナーの選手が“この生活から早く抜け出したい”とか“2度とここには戻ってきたくなかった”という気持ちがよくわかります。
 だから僕もメジャーに上がった直後は“明日打たれたら、もうクビなんじゃないか”とか悪いことばかり考えていました。
 ところが、ある日を境にネガティブな考えをやめたんです。すると心の中がスッキリしました。“今日打たれたらマズイ”という状況でも冷静にバッターと相対することができるようになりました。
 メジャーでやっていくには、ある意味での鈍感さ、なるようにしかならないといった開き直りも必要だと思いますね」

 シーズン中にはサプライズもあった。7月にオリオールズから上原浩治がトレードでやってきたのだ。
 上原は高校(東海大仰星)時代のチームメイト。当時は建山がエース、上原は外野手だった。
「あれには驚きました。電話で“オレ、トレードでレンジャーズに行くことになったよ”と告げられてもまだピーンとこず、ロッカールームで彼の姿を見て“ホンマに来たんやな”と。彼は優勝するための戦力としてやってきたわけですから、相当なプレッシャーがあったと思いますよ」

 建山の最大の任務は“右殺し”である。サイドハンドから切れのいいストレートとブレーキの鋭いカーブを投げ分ける。シュートはナチュラルに変化する。

 タイガースにミゲル・カブレラというメジャーリーグを代表する強打者がいる。昨季は3割4分4厘で自身初の首位打者に輝いた。4割4分8厘という出塁率も両リーグ最高。完全無欠のスラッガーだ。
 カブレラとの対決には胸が躍った。建山によれば「打球の上がり方が、他の選手とは全然違う」というのだ。
「結局はライトフライだったのですが、打球が上がった瞬間は“スタンドに届いたんじゃないか”と思いました。ヘッドスピードの速さは、ちょっと見たことのないものでした」

 誰よりもリリーバーとしての仕事に誇りを持っている。勝負どころでの短いイニングに全精力を注ぐ。
「僕はランナーを背負っての登板が多い。ゲームの流れを左右する場面なのでやり甲斐があります。特に右バッターに対しては絶対に打たせないという僕なりのポリシーがある。それがレンジャーズにおける僕の役割だと考えています」

 178センチ、75キロ。メジャーリーグで、これだけ華奢な選手はいない。チーム関係者に練習用Tシャツを要求すると「選手の子供用につくったものしかない」と笑われたという。黒いカバンでも持ち歩いていたら、銀行員と見間違われかねない。タレントの明石家さんまには初対面で「アンタ、ホンマにメジャーリーガーか!?」と驚かれたという。

 ダルビッシュが入団したことで、今季、いやが上にも日本人のレンジャーズへの注目度は高まるだろう。“右殺し”の職人に生き残りの秘策はあるのか。
「初めての対戦はピッチャーが有利。今季、僕は最大のアドバンテージを失う。その意味では、より駆け引きに磨きをかける必要が出てくるでしょう。幸い記憶力には自信があるので、昨季の対戦を反芻しながら投球パターンを考えていきたいと思っています」
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