転移性肝ガンによる肝不全のため、81歳で他界した俳優・菅原文太がパーソナリティーを務めるラジオ番組に呼ばれたのは4年前のことだ。恥ずかしいことに憧れの大スターを前に何を話したか、さっぱり覚えていない。
 そんな中、ひとつだけ鮮明に記憶にあるのは、私が主演映画『仁義なき戦い』シリーズの大ファンで、番組中、それについて訊ねてもいいかとお伺いを立てたことだ。文太はドスのきいた声で言った。「今日はその話はしないんだ」。目の前には、老いた広能昌三がいた。縮み上がった私は、結局、映画について一言も触れることができなかった。
 文太や梅宮辰夫、松方弘樹、金子信雄、千葉真一、北大路欣也、田中邦衛、渡瀬恒彦らの名演もさることながら、観る者の心をワシ掴みにしたのは広島弁での数々の啖呵である。

 そこで記憶に残っている名台詞をいくつか紹介しよう。「のぉ昌三、わしら、どこで道、間違えたんかのぉ」。松方扮する坂井鉄也が文太演じる昌三にタクシーの中でボソッとつぶやく、お馴じみのシーン。あれこそはニヒリズムの極みだった。命を狙い、狙われる昌三の捨て台詞が、これまたいい。「最後じゃけん言うとったるがよ、狙われるもんより、狙うもんの方が強いんじゃ。そがな考えしとったら、スキができるど」。鉄也が射殺されるのは、その直後である。

「神輿(みこし)が勝手に歩けるいうんなら、歩いてみないや、のぉ!」。これは鉄也が金子扮する山守組組長の山守義雄に凄んだ時のもの。私の友人で酔いに任せて、この言葉を上司に向かって吐き、会社をクビになった者がいる。口にする際は周囲を慎重に見渡した方がいい。

 極めつけは、これだろう。「ここらで男にならにゃあ、もう舞台は回って来んど」。判断に迷った時、あるいは自信を失いかけた時、自らを鼓舞するには、うってつけの台詞だ。チャンスは2度も3度も訪れるものではない。仕事も同じである。

 プロ野球の世界からも、胸に残る台詞をひとつ。代打本塁打の“世界記録”を持つ元阪急の高井保弘に「代打とは?」と聞いたことがある。返ってきた台詞はこうだった。「3球の(ストライクの)うちの1球で女房と子供を食わせる。それがワシの仕事よ」。銀幕に筆字で刻みたいような決め台詞だった。

<この原稿は14年12月10日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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