新春の箱根駅伝、往路、復路ともに圧倒的な強さをみせ、初の総合優勝を果たしたのは青山学院大だった。
 10区間中5つの区間賞に輝いた青学大の選手たちの快走はもちろん、その足を鮮やかに飾っていたシューズに目が留まった方も多いのではないだろうか。アマゾンパープルのアッパーに、ソーラーレッドの靴ひも、adidasの特徴である白の3本線――。実は、これこそが初制覇を支えたadidasの新アイテム「adizero takumi sen boost」だった。

(写真:最新モデル発表イベントに参加した(左から)第一生命・田中智美選手、尾崎好美さん、青学大・神野大地選手、三村仁司さん、増田明美さん、adidasの荒川正史さん)
「地面をしっかりとらえて反発して前に進む。重さも軽くて履いている感覚がない。確実に山登りの力になりましたね」
 そう笑顔をみせたのは、箱根の山を駆け上がる5区でトップに立ち、大会MVPにあたる金栗四三杯を獲得した神野大地選手だ。復路の7区で区間賞を獲得し、リードを広げた小椋裕介選手も「重心が前に乗って、どんどん進める。ふくらはぎの力を必要以上に使わなくていいから疲れない」と証言する。彼らを含む青学大の7選手が「adizero takumi」を着用し、箱根を走った。

 革新的な「ブーストフォーム」を搭載

 新作シューズには、いったいどんな秘密が隠されているのか。その全容が明らかになったのが、1月12日に東京・味の素スタジアムで開催された最新モデルの記者発表会と先行試し履きランニングイベント「adizero takumi speed summit」だ。インターネット上でのイベント一般参加は当初、100名限定の募集予定だったが、箱根駅伝で、にわかに新作モデルに注目が高まり、応募が数日で一気に増加。最終的に抽選で選ばれた約200名の一般ランナーと多数のメディアがスタジアムを訪れた。

 今回のニューモデルは、いわば匠の技と最新テクノロジーの融合である。
 adidasでは、多くの日本人トップランナーのシューズづくりに携わってきた靴職人・三村仁司さん(M.lab代表取締役)と2010年から専属アドバイザー契約を締結。2012年には「adizero takumi」を共同開発し、以降もバージョンアップを重ねたモデルを生みだしてきた。

 また2013年、adidasは新素材の「ブーストフォーム」を搭載したランニングシューズ「boost(ブースト)」シリーズを発表。ミッドソールに軽量で、かつ強度が高く、温度変化にも強いTPU(熱可塑性ポリウレタンエラストマー)を使用し、衝撃吸収性と反発性を両立させることに成功した。革新的なブーストフォームは、またたく間に世界中のランナーに広がり、2014年9月のベルリンマラソンでは、このフォームを搭載した「adizero japan boost2」を履いたデニス・キメット選手(ケニア)が2時間2分57秒の世界新記録を樹立している。

 長年のシューズ製作で培われた職人の知見と、世界を驚かしたブーストフォーム。この2つが組み合わさって誕生したのが、新作の「adizero takumi sen boost」と「adizero takumi ren boost」である。「このシューズで来年のリオデジャネイロ五輪、最終的には東京五輪を目指してほしい」と三村さんが語る新製品の特徴は、何よりブーストフォームの搭載だ。まずはトップランナーの走りに着目。多くの選手が中足部で着地し、前足部で蹴り出していることから、ブーストフォームを中足部の外側(小指の付け根部分)から前足部にかけて取り入れた。これにより、着地時の衝撃を吸収すると同時に反発力、推進力を生み出し、加速につなげられる。

「シューズに一番求められるのはフィッティング。足に合っているかが大事」との三村さんの指摘も踏まえ、フィット感もさらにアップした。足の可動域に合わせて必要な分だけ伸びる柔軟性と、つま先からかかとまでがブレないホールド性の両面を追求。アッパー左右の中足部分にadidasの3本線をまたぐように補強パーツ(写真の赤で表示されたライン)を入れるなど前作からの改良を施した。加えて、かかと部分の補強には薄型のTPUを用いて熱圧着し、縫製を排除したため、履いた時の足当たりが良くなっている。

 さらにはアウトソールも見直し、突起をひし方の形状にして耐久性を向上させた。前足部には「コンチネンタルラバー」を採用し、晴天時、雨天時ともにグリップ性能が従来のadidas製シューズと比較して30%以上も増した。より地面をつかみ、スムーズな蹴り出しをサポートすることが可能になったというわけだ。

 高機能性と軽さを両立

 発表会には昨年11月の横浜国際女子マラソンを制した田中智美選手(第一生命)や、アディダスランニングアドバイザーの増田明美さん(ロサンゼルス五輪女子マラソン出場)、尾崎好美さん(ベルリン世界陸上女子マラソン銀メダリスト)も登場し、新作の履き心地を語った。

 この夏の世界陸上(北京)で日本代表の有力候補となり、来年のリオ五輪へ向けて活躍が期待される田中選手は「ものすごく軽い」と着用時の第一印象を明かす。
「かかとのホールド感がしっかりしているので、安定して走れる。ブーストフォームが入ったことでクッション性があるので足への負担が減る。長時間走るマラソンには、すごく向いていると感じました」

 11月の横浜国際では、まだブーストフォームが搭載されていない「adizero takumi sen2」で走り、ケニア人選手とのラストスパート勝負を制した。本人は「後半で勝負をかけたいので、足に負担がかからず、余力を残せる」シューズを希望していた。それだけに「すごく足の運びが速くなりそう。横浜でも履いていたらギリギリの勝負にならなかったかも(笑)」と、実際のレースでの着用を楽しみにしている様子だ。
(写真:田中選手は社会人になった2010年からadidasのシューズを愛用している)

 また増田さんも「スピードをヒュッと切り替えられる。キレが生まれる感覚がする」と高い機能性を絶賛。尾崎さんは「フィット感がいい。蹴り出す時に、より力をもらえてスピードが出そう」と評価した。

 フルマラソンや長距離を走る駅伝において、シューズの軽さは大切な要素だ。三村さんによると、重量が「10グラム変わると、(フルマラソンでのエネルギーの平均消費量は)260キロカロリー違う」という。フルマラソンで必要なエネルギー量は3500〜3700キロカロリー程度と言われており、当然ながらシューズが軽ければ、その分、エネルギー消費が少なく済み、スピードやスタミナの持続につなげられる。

 とはいえ、シューズが単に軽ければいいというものではない。三村さんはソウル五輪の際、片足で100グラムという超軽量シューズの開発に携わったことがあった。だが、結果は芳しくなかった。
「軽すぎて足が空回りするという選手がいました。理論上は軽いほうが良くても、フィッティングやクッション性、グリップ性といった要素が兼ね備わっていないと、いいシューズとは言えないんです」

 今回の「adizero takumi sen boost」は27センチで片足175グラムと、ブーストフォームを追加しても重量は前作とほとんど変わっていない。フォームの搭載面積や形状なども試行錯誤を重ね、トップランナーが走る際に最も使う部位に集中させることで、軽さと性能の高さとをうまく両立させた。

 adidas Japanの荒川正史(Runningビジネスユニット カテゴリーマーケティングシニアマネジャー)さんは「単なる重量ではなく、フィット感を向上させることで、ランナーが履いた時の体感は軽くなる。その部分も三村さんと一緒にこだわりました」と開発過程を振り返る。重量に大きな違いはないのに、全員が「軽い」と口を揃えるのは、それだけ足にマッチしている証拠だ。試作品の段階では何百人ものランナーにテストを実施。現場からの声をフィードバックさせながら完成にこぎつけた。

 日本人を速くするために

 新作発表会の後は、味の素スタジアムの西競技場に移動しての試し履きランニングイベントが開かれた。参加者は「adizero takumi sen boost」を着用してウォームアップを開始。それぞれ1000メートル走、または5000メートル走に挑み、一般発売(1月26日)前のモデルを一足早く体験した。

 ゲストには箱根を制した青学大駅伝チームのメンバーや、カネボウ陸上競技部の選手たちが登場。1000メートルでは、先に走る一般ランナーを、箱根駅伝4区で区間新記録をマークした田村和希選手らが30秒遅れでスタートして追いかけ、勝負した。また5000メートルではカネボウの選手や、青学大の神野選手、小椋選手がペースメーカーを務め、ランナーを引っ張った。
(写真:箱根後、青学大の優勝メンバーがユニホームを着て走るのは初めて。神野選手(右)は「楽しかった」とイベントを振り返った)

 今をときめく話題のアスリートと同じフィールドで走れるとあって、参加者たちは負けじと力走をみせる。晴天の下、寒風を切り裂いてトラックを駆け抜けた。なかには「箱根駅伝に出たい」と夢を抱く小学5年の男の子も参加。「一歩一歩が大きく踏み出せる。過去にないくらい速く走れた」と満足そうな表情だった。

 そのほかのランナーからも、
「足にくっついている感じ。バテかけたけど靴が引っ張ってくれた」
「ペースを上げている感覚はないのに、ラクにスピードが出せる」
「ソールは決して薄くないのに軽く感じる」
 など、新作モデルに関する評判は上々だ。トラック内では青学大優勝の原動力とされた腹腔筋を強化する体幹トレーニングを直接、選手たちから教わることもでき、自己ベスト更新を目指すランナーたちにとっては有意義な時間となったようだ。
(写真:目標タイムをクリアしたランナーには抽選でプレゼントが当たった)
 
「日本人ランナーを速くするために」
 これが「adizero takumi」に込められたadidasの願いである。かつては世界トップクラスだった日本のマラソン界も、近年はアフリカ勢を中心とする海外のランナーにお株を奪われ、五輪や世界陸上でのメダル獲得が難しくなってきている。来年のリオ五輪、そして自国開催の東京五輪へ、日本マラソンの復活をサポートすべく、これからも「adizero takumi」は進化のスピードを止めない。

「ブーストフォームの良さを発揮する上で、位置や大きさ、厚さも含めて、もっともっと今以上のものを追求していかないといけないと考えています。日本人は海外の選手と比べるとベタ足でスピードが出にくいんです。それに対応したシューズをこれからもつくっていくことで、世界で勝負できる日本人ランナーを増やしていきたい」

 三村さんが目指すゴールはまだ先にある。匠の叡智と最先端技術の結晶とも言える「adizero takumi sen boost」と「adizero takumi ren boost」。1年の幕開けにふさわしい新作が、世界へ挑戦するスピードを、文字どおり加速させてくれることは間違いない。

>>adizero takumiの詳細はこちら[/color][/b]
◎バックナンバーはこちらから