「世紀の一戦」として世界中の注目を集めたボクシングのWBA・WBC・WBO世界ウェルター級王座統一戦はWBA・WBC王者フロイド・メイウェザー(米国)がWBO王者マニー・パッキャオ(フィリピン)相手に判定勝ちを収めた。


 敗れたパッキャオも、よく戦った。4ラウンドには左ストレートをメイウェザーの顔面にヒットさせ、ロープ際に押し込む場面もあった。
 しかし、12ラウンドをトータルで見た場合、試合を支配していたのはメイウェザーであり、3対0の判定は妥当だったと言えよう。

 ある意味、試合の中身以上に注目を集めたのが2人のファイトマネーである。メイウェザー1億8000万ドル(約216億円)に対し、パッキャオ1億ドル(約120億円)。この高額なファイトマネーの原資は5億ドル(約600億円)以上の興行収入だ。ペイパービュー(有料テレビ放送)だけで、約4億ドル(約480億円)の売り上げがあったと言うから驚きだ。
 興行の舞台となったラスベガスといえばギャンブルタウンである。ホテルにはブックメーカーのオッズが表示されている。今回の世紀の一戦にはネバダ州だけでも6000万ドル(約72億円)が掛け金として投じられたと言われる。

 試合後、場外からパッキャオに予期せぬパンチが飛んできた。右肩の故障を事前にネバダ州のアスレチック・コミッションに報告しなかったことを理由に、2人の男性が5000万ドル(約6億円)以上の損害賠償を求める訴訟を起こしたのだ。
 実はパッキャオ、試合の2週間以上前に右肩を痛め、一時は延期も考えたこともあったという。それを明らかにしたものだから騒ぎが大きくなってしまったのだ。

 私見を述べれば、試合後のケガの公表は、いかがなものか、との思いがある。30戦も40戦も経験しているボクサーの場合、誰でも人に言えない古傷のひとつや二つは抱えており、試合後の発表は、ややスマートさに欠けた。
 といって、裁判沙汰になるほどのこととも思えない。もし故障の事実を正直に、しかも正確に申告をしなかったことが罪に問われるなら、ボクサーは誰もリングに上がらなくなるのではないか。痛めている箇所を敵に狙い打ちされるのは目に見えているからだ。誰が自らに不利になる情報を進んで明らかにするだろう。

 かつて輪島功一は柳済斗(韓国)とのリターンマッチでカゼを装い、調印式でゴホン、ゴホンとやったことがある。柳のトレーナーがニヤッと笑った瞬間、輪島は「勝ったと思った」という。試合は最終ラウンドKOで輪島が8カ月ぶりに王座を奪還した。迫真の演技がもたらした勝利だった。
 これなど偽装工作の最たるものだが、これも含めてボクシングではないのか。

 ギャンブルを前提にすると、公平性を担保するために、あらゆる情報を開示しなければならなくなる。それによって頭脳戦や心理戦も含めたボクシングの魅力が削られるとするのなら本末転倒であろう。

<この原稿は『サンデー毎日』2015年6月7日号に掲載されたものです>


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