「障がい者スポーツの現場から」は2010年10月にスタートしました。障がい者スポーツのいろいろな現場から、様々な視点で想いを伝えていこうと始めました。ですから、タイトルは「障がい者スポーツの現場から」。連載5年目を迎え、今回から「パラスポーツの現場から」とタイトルをリニューアルいたします。なぜ「パラスポーツ」という名称に変えたのか、その理由をお話します。
(写真:車いすラグビーは迫力満点の肉弾戦/photo:Shugo Takemi)
 昨年3月、「日本障害者スポーツ協会」が「日本障がい者スポーツ協会」と名称を改めました。まず改正の背景には<障がいのある人のことを活字で示す場合に、法律等に基づき「障害者」と表記する場合のほか、近年、法的に支障のない範囲で「障がい者」と表記することが徐々に増えている状況にあります。この度、当協会においても組織名を変更することにしましたが、それによって障がいのある人に対する差別や偏見が払拭される等、本質的な問題解決になるとは考えていません。しかし、当協会としては、たとえ少数であっても活字の「害」を不快に思う人に配慮するとともに、社会の意識を変える一つの誘因にもなるよう期待し、当協会の権限の範囲内において「がい」の表記に改めることにしました>(日本障がい者スポーツ協会HP)といったものがありました。

「日本障がい者スポーツ協会」は名称を改める際、それに伴い英語表記も「Japan Sports Association for Disabled」(略称JSAD)から「Japanese Para-Sports Association」(略称JPSA)と変更しています。

 これについて、日本障がい者スポーツ協会は更にこう説明しています。
<障がい者を表す「the disabled」については、IPCにおいて不適切な単語とされています。一方で「障がい者スポーツ」については、「Para-Sports」を推奨しています。このことから英語表記を改めることとしました(「Para」は「もうひとつ」を意味し、「Para-Sports」で障がい者スポーツを表します)>(同前)

  名称が果たす大きな役割

 最近、私も少しずつではありますが、「パラスポーツ」という言い方をするようにしてきました。なぜならば「スポーツ」と「障がい者スポーツ」では、その意味を伝える役割として大きな違いがあるからです。たとえば「スポーツ」は、その言葉だけでも、トップスポーツから、健康促進や生涯スポーツとしてのものまで幅広くイメージできます。一方、「障がい者スポーツ」の場合は、名称を音で聞いただけではトップアスリートの競技性の高いものからリハビリまで幅広くあるもののうち、リハビリの方だけが浮かんでくる。どうしても印象が偏ってしまう傾向があり、“カッコいい”“すごい”といったイメージが置き去りになってしまう感があるのです。「パラスポーツ」ではどうでしょう。今では「パラリンピック」という言葉の認知度は高まり、「パラスポーツ」が何を指すものかは、多くの方が理解できるのではないでしょうか。

 また「障がい者スポーツ」という名称では、“障がいのある人たちだけがするスポーツ”といった印象を受けてしまいます。たとえば「車いすテニス」は車いすに乗り、「ゴールボール」はアイシェード(目隠し)をして、障がいの有無に限らず、誰もが一緒にできるスポーツです。前回のコラムでもお話したように、いろいろな障がいのある人ない人が一緒にスポーツをすることがとても大事なのです。“障害のある人たちだけがするスポーツ”というイメージを変えていく意味でも、これからは「パラスポーツ」と意識的に使っていってもいいのではないでしょうか。
(写真:ゴールボール体験会の様子)

 イベントなどでお話をさせていただく機会がある時には、ある程度話をすすめてから、「“障がい者スポーツ”と“パラスポーツ”。どちらの言葉で話したほうがいいですか?」と聞くと、多くの人が「パラスポーツ」と答えます。

 私は「障がい者スポーツ」という名称を否定しているわけではありません。ここまで、この言葉が果たしてきた役割は、とても大きいと考えています。

 1964年東京パラリンピックのころを振り返ってみると、当時は障がいのある人がスポーツをするということが考えられない、むしろ医師が禁じていた時代でした。その後、「障がい者」と「スポーツ」を組み合わせた「障がい者スポーツ」という言葉ができたことによって、障がいのある人がスポーツをすることが広まるようになりました。広い認知のためには「障がい者スポーツ」という言葉には大変重要な役割があったはずです。

 そういった時代において「障がい者スポーツ」という言葉は、障がい者自身の生活を変えるだけでなく、社会における障がい者への理解を深める力を持っていたのではないでしょうか。

 2020年東京パラリンピック開催決定もあり、今は、「障がい者スポーツ」の存在をほとんどの人たちが認識しています。ですから、ここで「障がい者スポーツ」には役割を終えてもらい、これからは「パラスポーツ」にリレーする。状況の変化に伴い、呼称も変わる。それはどの分野においても、起こりうることです。

 私が目指すのは、障がいのある人のためのスポーツであることを特別に「障がい者スポーツ」と呼ぶのではなく、この言葉そのものがなくなり、単に「スポーツ」と呼ばれることです。「パラスポーツ」には、それまでの重要な“中継ぎ”の役割を任せたいと考えています。

伊藤数子(いとう・かずこ)プロフィール>
 新潟県出身。パラスポーツをスポーツとして捉えるサイト「挑戦者たち」編集長。NPO法人STAND代表理事。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会顧問。1991年に車いす陸上を観戦したことがきっかけとなり、パラスポーツに携わるようになる。現在は国や地域、年齢、性別、障害、職業の区別なく、誰もが皆明るく豊かに暮らす社会を実現するための「ユニバーサルコミュニケーション活動」を行なっている。その一環としてパラスポーツ事業を展開。コミュニティサイト「アスリート・ビレッジ」やインターネットライブ中継「モバチュウ」を運営している。2010年3月より障がい者スポーツサイト「挑戦者たち」を開設。パラスポーツのスポーツとしての魅力を伝えることを目指している。著書には『ようこそ! 障害者スポーツへ〜パラリンピックを目指すアスリートたち〜』(廣済堂出版)がある。


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