80年以上の歴史を誇る日本プロ野球で、新たな金字塔が打ち立てられようとしている。19日現在、中日の谷繁元信は通算3015試合に出場。野村克也の持つNPB史上最多の通算3017試合まで、あと2と迫っている。プロ入り27年、キャッチャーという激務をこなしながら、ここまで大きなケガなく生き抜いてきた。昨季からは監督を兼任し、更なる重責を背負っている。今季は5月に今季1号を放ち、自らが持つ入団以来27年連続ホームラン記録を更新した。その他にも3000試合出場、2000本安打、1000打点……着々と数字を積み上げていく谷繁。彼が語る捕手論を、2年前の原稿で触れてみよう。


<この原稿は2013年7月号の『小説宝石』(光文社)に掲載されたものです>

 キャッチャーの2000本安打達成は野村克也(通算2901本)、古田敦也(同2097本)に次いで、中日の谷繁元信は史上3人目である。
 彼が快挙となる安打を放ったのは、さる5月6日、神宮球場での東京ヤクルト戦。打球は一、二塁間を抜けた。6回表、ピッチャーは押本健彦だった。
「何か感じると思ったけど、いつもと一緒でした。先頭打者なので塁に出たいという気持ちでした」
 試合後、42歳のベテランは淡々と語った。

 この試合の3週間ほど前、名古屋で本人にインタビューを行った。
 谷繁は2000本安打達成に向かう喜びはもちろんとして、「それ以上にうれしいのが1000打点だ」と語った。この時点で谷繁は1000打点に、あと13と迫っていた。
 そこで調べてみると、キャッチャーで大台に乗せている選手は野村、古田、そして田淵幸一の3人しかいなかった。

 では2000本安打と1000打点は、どちらが困難なのか。過去、谷繁を除いて前者43人だったのに対し、後者は38人。わずかながら、後者の方が難しいと言える。2000本安打を達成しながら、1000打点に届かなかった選手は14人もいる。
 さらに谷繁は続けた。
「僕の打順は大体、7番か8番。こういう打順で過去に1000打点を達成した人はいないでしょう」
 確かに谷繁の指摘どおりだ。参考までに通算打点のベスト10を紹介しておこう。

 1位・王貞治 2170
 2位・野村克也 1988
 3位 門田博光 1678
 4位・張本勲 1676
 5位・落合博満 1564
 6位・清原和博 1530
 7位・長嶋茂雄 1522
 8位・金本知憲 1521
 9位・大杉勝男 1507
 10位・山本浩二 1475

 言うまでもなく、10人全員がクリーンアップヒッターだ。11位以下を見ても、下位打順を指定席にしていたバッターは見当たらない。
 2000本安打&1000打点達成者となると、過去に29人いるが、下位打者は谷繁ひとりだけである。
「単純計算ですけど、2本のヒットのうち1本が打点につながっているわけでしょう。結構、勝負強い方じゃないですかね」
 まんざらでもなさそうな表情で谷繁は語った。

 キャッチャーは骨の折れるポジションである。マスクにレガース、プロテクターと身なりからして重装備だ。クロスプレーの際には、命がけで本塁を死守しなければならない。
 守りの要の任を果たしながらの2000本安打達成だから、キャッチャーのそれは余計に価値がある。
 谷繁は続ける。
「キャッチャーはね、3打席目、4打席目になると、握力が落ちてくる。1試合に130球も140球も受けていると、ミットの芯から外れたところで捕る時もある。“痛っ”となりますよ。そのまま次のイニング、先頭打者として打席に入ると、もうバッティングどころじゃない。力が入りませんから……」

 リード、スローイング、キャッチング、バッティング……多くの要素が求められるキャッチャーにあって、一番重要なものは何か。
 谷繁の答えは、こうだ。
「僕は身体だと思います。まずは身体が強いこと。基本的に身体のサイズは関係ない。僕は身長が176センチですが、最低僕くらいあれば何とかなると思います」
 参考までに紹介すれば、同じ質問に対し、古田は東京中日スポーツのインタビューに「盗塁を刺せることが一番」と答えている。
<なぜかと言えば、投手に与える影響力がすごく大きい。ランナーを出しても、盗塁を刺してくれる安心感。谷繁は、そこが優れてたから長く現役を続けてきた。技術も伴って経験も豊富になれば、リードに関しても人が聞く耳を持ってくれる。技術が低いのにリードばっかり語る捕手って結構いるんですよ。そっち方が楽だから…>

 ここまで積み重ねた出場試合数は2816(5月27日現在)。これは野村克也に次いでキャッチャーとしては史上2位だ。この数字は、谷繁の身体がいかに強靭かを物語っている。
 スローイングにも定評がある。1996年、2001年、02、04、07年と過去に5度、盗塁阻止率1位に輝いている。
 肩はもちろんのこと、谷繁の最大の長所は手首の強さにある。スナップをきかせて矢のようなボールを二塁に送ることができるのだ。
「きっと骨折したことが良かったんでしょう」

 谷繁は意外なセリフを口にした。
「小学4年の時、木と木の間にロープを張り、そこを渡る遊びをしていたんです。ところが、何かの拍子に落ちちゃった。落ちて、そのまま地面に手をついてしまったんです。
 で、病院に行くと両手首の骨折。しばらくの間、ギブスをはめたまま通学しました。それからなんですよ。人よりも手首が強いと感じるようになったのは……。事実、それ以来、手首も太くなったんです」
 骨折が原因で骨が強化されたという話は、これまでにも聞いたことがある。骨折箇所に仮の骨ができ、変形することで結果として太くなるというのだ。“ケガの功名”とは、このことか。

 手首の強さは安定したキャッチングにもいかされている。俗にいう「ボールにミットが負けない」のだ。
 ピッチャーが一番嫌うのは「ミットの落ちる」キャッチャーだ。ボールの勢いに負け、身体に近い位置で捕ろうとするから、必然的に審判にはミットの位置が見辛くなる。見辛いボールを審判は「ストライク」には取らない。
 これについての谷繁の見解は、こうだ。
「僕はピッチャーに、どこに投げたのかということを知らせてやりたいし、なおかつ審判によく見てもらうために、なるべく前で捕るようにしています。ボールの軌道がちょっとずれただけでミットが落ちる、あるいはミットが流れる。これはダメです」

 では、どうすればキャッチング技術は向上するのか?
「これはもう、数を受けるしかないですね。練習した量、すなわちボールを受けた量に比例すると僕は思います。
 バッティングと守備の一番の違いは、後者は練習すればするだけうまくなるところにあります。翻ってバッティングは、パワーのない者にいくら“もっと飛ばせ!”と言っても、これは土台、無理な話です。先天的な資質によるところが大きい。でも守備は違います。キャッチングの上達しないキャッチャーは、僕に言わせれば、練習量が少ない。自分の中で“もう、これでいいや”と思った段階で成長は止まりますね」

 ゴールデングラブ賞6度受賞の谷繁の目に、例えば同賞2度受賞の巨人・阿部慎之助のキャッチングは、どう映っているのか?
「いや、最近、彼はうまくなりましたよ。昔は“どうかな?”と思うこともありましたが……。ただ、彼の場合、まだミットを動かすクセが残っていますね。あれでは審判に、いい印象をもたれない。僕は“ここに来たよ”ということを教えるため、捕った時点で、もうミットは動かしません。それにミットを(内に)入れたからといって、ストライクに取ってくれるほど審判も甘くはありませんよ」

 プロで25年間にわたってマスクを被り続けているベテランだからこそ、敢えて聞いてみた。
 ――1試合にボール、ストライクの“誤審”は、いったい、どれくらいあるのか?
「ウーン、下手な人で5つくらいですね。別にストライクをボールに取られたってだいたい問題ないんです。ただ、“ここが勝負”といいう場合で、それ(誤審)をやられるときついですね。その1球で(カウントが)2−1になるのと1−2になるとでは大違いですから。
 上手な審判は、仮に早い段階でボール半分くらい外れているボールをストライクに取ったとすると、もうその試合は終わりまでストライクに取ってくれるんです。ところが、あまり上手じゃない審判は同じコースなのにボールと言ったりストライクと言ったりする。これが、僕らには一番困るんです。それだったら、もうどっちかに決めてもらった方がいい」

(後編につづく)


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