2009年、野球界最大のヤマは3月に開催されるWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)だ。前回、優勝を果たした日本は連覇を狙う。既に発表された日本代表候補メンバーの34名にはイチロー(マリナーズ)、松坂大輔(レッドソックス)、斉藤隆(ドジャース)、岩村明憲(レイズ)らメジャーリーグで活躍する面々がそろった。黒田博樹(ドジャース)、岩瀬仁紀(中日)らの辞退もあったとはいえ、ほぼ現時点での最強チームができることは間違いない。
(写真:優勝トロフィーを前に勢ぞろいする原監督ら首脳陣)
 だが、日本にとって3年前の第1回大会は快勝と言える内容ではなかった。1次リーグ、2次リーグと韓国に連敗。2次リーグで米国がメキシコにまさかの敗戦を喫しなければ、その時点で終わっていた。これだけをとっても、連覇への道は容易ではないと言えるだろう。

 しかも前回と比べれば各国の本気度は明らかに高い。ホスト国として前回の雪辱を目指す米国は昨季、ナショナルリーグの首位打者(.364)に輝いたチッパー・ジョーンズ(ブレーブス)、アメリカンリーグMVPのダスティン・ペドロイア(レッドソックス)、デレク・ジーター(ヤンキース)などメジャーリーグを代表する選手が顔をそろえる。前回ベスト4だったドミニカ共和国も最高年俸男のアレックス・ロドリゲス(ヤンキース)、デービッド・オルティス(レッドソックス)、アルバート・プホルス(カージナルス)などが参戦予定だ。破壊力では米国を上回る打線になるだろう。北京五輪金メダルの韓国、前回大会の決勝で世界一を争ったキューバも磐石の布陣を敷いて大会に臨むはずだ。「今回のWBCは誰が(監督を)やっても大変」。監督選考の最中、前回大会の優勝監督・王貞治コミッショナー特別顧問の言葉には実感がこもっていた。

 では、強豪国に劣らない日本の強みは何か。それは機動力と投手力だろう。第1回のWBCでも日本は全チーム中最多の13盗塁を決めた。4盗塁を決めたイチロー、2盗塁を決めた川崎宗則や岩村はいずれも今回のメンバーに入っている。前回同様、スモールベースボールで相手をかきまわす攻撃が可能だ。

 投手陣ではメジャーで実績を残している松坂を筆頭に、ダルビッシュ有(北海道日本ハム)、岩隈久志(東北楽天)などハイレベルなスターターが集う。リードすれば、藤川球児(阪神)、斉藤とダブルストッパーで逃げ切れる。米国、ドミニカ代表に名を連ねる猛者たちを知りつくしている城島健司(マリナーズ)がキャッチャーとしてリードできるのも大きい。この点はC.C.サバシア、A.J.バーネット(ヤンキース)らが大物が相次いで辞退を表明している米国とは対照的だ。 

 だが、これらの強みをより生かす意味では、現時点でのメンバー選考に若干の不安が残る。3年前の大会で5盗塁を決めた西岡剛(千葉ロッテ)やメジャー通算82盗塁の松井稼頭央(アストロズ)などは代表のユニホームに袖を通してもいい選手だった。両者ともにスイッチヒッターであることも大きかっただけに、彼らの代わりに候補入りしたと言える片岡易之(埼玉西武)の活躍はひとつのポイントとなる。

 投手陣でもリリーフ専門の投手が少ないのは気になる。特にサウスポーの中継ぎは山口鉄也(巨人)ひとりのみ。首脳陣は和田毅、杉内俊哉(福岡ソフトバンク)の両左腕をリリーフに回す構想のようだが、岡島秀樹(レッドソックス)を入れるべきだったとの意見は根強い。育成上がりで昨季ブレイクした山口が、国際舞台でどのようなピッチングを見せるか。サムライジャパンのカギを握る男と言っても過言ではない。

 今回のWBCは1次予選、2次予選でダブル・エリミネーション方式と呼ばれる変則的なトーナメント戦が採用される。簡単に言えば、1回負けても敗者復活戦を勝ち抜けば次のステージに進めるシステムだ。前回のリーグ戦方式では各ステージのゲーム数は3試合(4チームによる総当り)と決まっていたが、今回は勝敗によっては4試合をこなさなくてはいけない。投手陣には球数制限が課せられるため、一戦必勝の戦いを目指しつつも、冷静に次の試合を見据えた投手起用が必要だ。継投は間違いなく勝敗を分ける分岐点となる。力のある投手を多く招集できた日本にとっては、WBCのルールは有利に働くかもしれない。

 1次予選の東京ラウンドは余程のことがない限り、突破できるだろう。台湾代表入りが噂された王建民(ヤンキース)の不在は追い風だ。2次予選は順当に行けば、日本、韓国、キューバ、メキシコの組み合わせになる。キューバ、韓国は北京で苦杯を舐めた相手だが、ドミニカ共和国、米国、ベネズエラなどがひしめきそうな、もう1組と比較すれば、まだ突破の可能性は高い。

 準決勝まで勝ち進めば、あとは一発勝負だ。勝つか負けるかは五分五分である。ベスト4には残ると想定して、日本の連覇の可能性は25%と予想しておきたい。決勝は3月24日(日本時間)。舞台となるロサンゼルス・ドジャースタジアムにサムライたちが笑顔でたどり着けることを期待しよう。

 日本人バブルの崩壊? 〜メジャーリーグ〜

 6年総額5200万ドル(約61億円)と2年総額1000万ドル(約9億円)――。
 2年前、松坂がレッドソックス入りした際に結んだ契約と、今回、上原浩治がオリオールズと合意に達した内容である。入団は1999年の同期組。日本での実績は松坂が108勝60敗、防御率2.95、上原が112勝62敗、防御率3.01とほぼ同じだ。大卒の上原が年齢は上とはいえ、条件的には低い契約となった。昨年、FAでドジャースに入団した黒田博樹の3年3520万ドル(同約40億円)にも遠く及ばない。同じくメジャー挑戦を表明している中日のエース川上憲伸も8日時点で所属球団が決まっていない状況だ。

 金融不安に端を発した不況の影響や、有力選手が多数、FA市場に流れ込んだ点など、巨額の契約に至らなかった要因はいくつもある。しかし、メジャーリーグでの日本人選手に対する評価の“バブル”が崩壊しつつあることは否めない。

 投手では野茂英雄、長谷川滋利、野手ではイチローや松井秀喜(ヤンキース)らの活躍により、メジャーリーグの日本を見る目は大きく変わった。即戦力を確保する市場として、シーズン中からスカウトが球場に足を運ぶ光景はいまや当たり前だ。その中で激しい争奪戦が起こったのが、松坂だった。ポスティングによる入札金額は5111万ドル(約60億円)。同時期にポスティング移籍を希望した井川慶(当時阪神)も2600万ドル(約30億円)で落札された。

 だが、“1億ドルの男”と称された松坂は1年目が15勝、2年はが18勝。勝ち星こそ多く稼いでいるが、通算防御率は3.72と日本時代と比べれば、1点近くも下げた。制球を乱しての四球も多く、リズムに乗れないケースが目立つ。特に初年度は「1億ドルに見合った選手だったのか」といった厳しい意見が現地から出ていた。もうひとりの井川にいたっては、1年目は2勝3敗、2年目は0勝1敗。ほとんど結果を残せていない。昨年7月にはついにメジャー契約を解除されてしまった。

 カブスにFA移籍した福留孝介なども、初年度に限っていえば年俸(4年総額53億円)に見合った働きができなかった。開幕戦に同点3ランを放つ華々しいデビューを飾り、春先こそ3割前後の打率をマークしたものの、徐々に数字は下降線をたどった。ポストシーズンでは10打数1安打。カブスのディビジョンシリーズ敗退の戦犯扱いを受けた。

 上原、川上が今までの日本人選手と比べて、好条件を引き出せない一因には、こういった背景もあると考えられる。とはいえ、上原の年俸は年換算で4億5000万円だ。出来高も含めれば、2年間で14億円を手にすることも可能という。巨人時代の年俸が4億円だったことを考えると決して評価が悪いわけではない。むしろ落ち着くところに落ち着いたとみるべきだろう。

 もはや日本人の活躍はメジャーリーグでは日常の出来事になっている。イチローは前人未到の9年連続200安打に挑む。ここ数年、故障で不本意なシーズンが続いている松井秀喜もオフにひざの手術を行い、復活を目指す。岩村はレイズのトップバッターとして、確たる地位を築いた。福留はレンジャースからやってきたミルトン・ブラッドリーらとのレギュラー争いが熾烈だが、去年のような成績(打率.257、10本塁打)では終わらないだろう。投手でも松坂は初の20勝越えに期待がかかる。昨季は2ケタ勝利に一歩及ばなかった黒田も投球は安定していた。2年目の飛躍が見込まれる。岡島、斉藤といった面々も与えられた持ち場で従来どおり、仕事をしてくれるはずだ。そこへ今季は上原、川上、そしてNPBを経ずにメジャー契約を結んだ田澤純一(レッドソックス)が加わる。

 そう考えれば、非日常的な大型契約は日本人選手たちの現状とは、ややかけ離れ過ぎていた。メジャーリーガーのパイオニア的存在、野茂はマイナー契約で8万ドル(980万円)からのスタートだった。イチローもメジャー初年度の年俸は500万ドル(約6億円)だ。活躍すれば年俸が上がり、成績を残せなければクビを切られる。良くも悪くもフィールド上でのプレーがすべてなのだ。余計なプレッシャーに押しつぶされる必要はない。今季は日本人メジャーリーガーにとって、ようやく当たり前にプレーできる日常がやってきたシーズンなのかもしれない。

(石田洋之)