日本がコロンビアに世界との差を痛感させられる数時間前のことだ。クイアバのメディアセンターで、どよめきが起こった。
 日本―コロンビア戦の前に、グループDの2試合が行われていた。グループリーグ突破を懸けて対決したイタリアとウルグアイの一戦で、ウルグアイのエース、FWルイス・スアレスがイタリアDFジョルジョ・キエッリーニとの接触プレーの際に、肩口を噛んだように見えたからだ。

「スアレスはまたやったのか!」

 外国人メディアのあきれ顔が飛び込んでくる。キエッリーニは“噛まれた”と肩口の傷跡をレフェリーに見せる。確かに赤く腫れ上がっていたが、レフェリーは処分を下すことなく試合は続行された。

 サッカーファンならご存知だろうが、スアレスには“前科”がある。アヤックスに所属していた2010年11月には相手に噛みついて7試合の出場停止処分を受け、リバプール時代の昨年4月にもチェルシーのDFブラニスラヴ・イバノビッチの腕にガブリと噛みついて、10試合の出場停止処分を受けた。懲りない男は、W杯の大舞台でもやってしまったわけだ。
 
 この“噛みつき問題”は大きな波紋を呼んだ。
 FIFA(国際サッカー連盟)はクロと断定し、ウルグアイ代表として9試合の出場停止、さらには所属クラブを含めてサッカー活動の4カ月間禁止、10万スイスフラン(約1100万円)の罰金という重い処分を下した。当然、決勝トーナメントでの出場はなくなり、スアレスは大会から追放されてしまったのだ。

 この処分に対してウルグアイ協会は「重すぎる」と提訴する意向を明らかにし、ディエゴ・マラドーナの番組に出演したムヒカ大統領は「FIFAは国によって違う基準で評価している」と猛烈に批判したという。マラドーナも大統領の意見に、同調しているようだ。

 噛みつきと聞いてパッと思い浮かぶのが1997年、プロボクシングのあの耳噛み事件。マイク・タイソンがイベンダー・ホリフィールドの耳を噛み、3回反則負け。その後1年間、ライセンスの停止処分を受けた。重い処分とはいえ、当然といった見方のほうが強かったように思う。

 噛みつき行為は相手を不当に傷つけるものであり、それにスアレスは3回目。FIFAの厳しい処分も予想できるものではあったが、処分の程度もさることながらジェローム・バルク事務局長が語っているように専門家による検査を受けるべきとも思う。稀代のストライカーの今後を大事にする意味でも、必要なことではあるまいか。

 スアレスは自身の公式サイトで噛みつき行為を認めたうえで「深く後悔している」と謝罪。キエッリーニに対しても、詫びの言葉を連ねている。
 世間の反応としては、ウルグアイのサポーターは決勝トーナメント1回戦のコロンビア戦でスアレスのお面を掲げるなどスアレスに対して同情的。海外でも基本はそういった反応のほうが多いようにも感じる。
 どこかの国ではスアレスのかみつき栓抜きが登場したり、「噛みつきキャラ」で人気が広まっているとも聞く。

 プロレスの“噛みつき王”フレッド・ブラッシーやマイク・タイソンは悪役であり、スアレス自身もまたプレミアリーグではヒールとして名を馳せてきた。
 噛みつきばかりでなく、PKをだまし取ろうとする行為にはいつも批判がつきまとっていた。しかし彼はそういった悪評を自らの実力で振り払ってきた。今回のW杯もひざの手術を乗り越え、イングランド戦で2ゴールを挙げている。
「何故、噛んでしまうのか」を一度はしっかりと検査する必要があるとは思うが、今回の試練も、スアレスなら必ずや乗り越えてくるに違いない。

 バルセロナが獲得に本腰を入れるとの報道もある。噛みつきの一件が移籍の障害にならないというのは、スアレスの実力が認められている証左でもある。
 お騒がせのヒールストライカーだが、噛みつきよりも彼の鮮やかなゴールのほうが世間に対するインパクトが大きいようである。

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