欧州の移籍マーケットがリミットを迎え、駆け込み移籍が相次いだ。かねてから噂されていたトットナムMFガレス・ベイルのレアル・マドリード移籍が実現し、それによる“玉突き人事”でレアルのMFメスト・エジルがアーセナルへと渡った。またMF香川真司の所属するマンチェスター・ユナイテッドは、デビッド・モイーズ監督がエバートン時代にトップ下で起用してきたMFマルアン・フェライニを獲得。香川の新たなライバルとなりそうだ。

 日本人選手ではヴォルフスブルクのMF長谷部誠がギリギリのタイミングでニュルンベルクに移籍。注目されたMF本田圭佑(CSKAモスクワ)のACミラン移籍は今冬に持ち越された。

 今回の移籍動向のなかで、筆者は一人の男に注目していた。FW李忠成(サウサンプトン)である。6月末に期限付きで加入していたFC東京を退団し、7月、所属元であるサウサンプトンに戻っていた。サウサンプトンではチームの構想から外れているとの報道もあり、練習に参加しながら移籍先を探していたと見られていた。しかし、この度、サウサンプトンと再契約するというニュースが飛び込んできた。FWにケガ人が出たことで、クラブが再契約の意向を示したとのことだ。

 李にとっては今後もイバラの道が続くことになる。
一度、構想から外れてしまったクラブで、這い上がっていくのは容易ではないだろう。極めて厳しい状況ではあるが、歯を食いしばってこの谷底から這い上がらなければならない。

 しかし、彼は逆境に追い込まれてこそ、力を発揮するタイプだ。

 かつて所属した柏レイソルでもサンフレッチェ広島でも、李の物語は控えの立場から始まった。特にFC東京から移籍した柏での1年目(05年)は石崎信弘監督になかなか使ってもらえず、チームはJ2に降格した。翌年のJ2第11節コンサドーレ札幌戦(06年4月22日)で、ケガ人の代役としてようやく初先発を果たした。「ここで結果を出せなかったらもう終わり」と覚悟して臨んだこの試合で、李はJリーグ初ゴールを決めてレギュラーの座を掴んでいくわけである。

 09年シーズン途中に移籍した広島時代も、当初はベンチスタートが続いた。しかし、10年シーズンのJ1第23節ヴィッセル神戸戦(10年9月18日)で先発起用されるや否や、5試合連続ゴールを挙げてレギュラーの座を勝ち取った。

 ザックジャパンでもそうだった。様々な経験を経て精神的にたくましくなった李は、控えの立場ながら腐ることなく向上心を持って代表活動に取り組んだ。その結果、11年アジアカップ決勝戦で、優勝に導くあの劇的ボレーが生まれたのだ。李は反骨を成長の糧としてきた。

 彼の目標は来年のブラジルW杯に出場して活躍することだ。そのために今年2月、出場機会を得られなかったサウサンプトンでのチャレンジに一度区切りをつけ、迷った末に日本に戻ってきた。FC東京で活躍して、ザックジャパンに復帰するという思いが強かったからだ。そのFC東京では途中出場が多かったものの、公式戦19試合6ゴールとまずまずの結果を残していた。しかし、代表復帰はかなわなかった。

 6月、彼は契約満了というかたちでFC東京を退団した。日本に残って代表復帰を目指す道もあったはずだ。だが、李は敢えてもう一度、欧州に渡って結果を残すことが代表復帰への「ウルトラC」と考えたのではないだろうか。5月にインタビューした際、李はこのように言っていた。

「W杯に出るからには優勝ってみんな思っている。じゃあ自分がそこで何点取って、チームにどれだけ貢献できるのかと考えたときに、このままじゃだめだと思って(サンフレッチェ広島を離れて)海外に飛び出したんです。向こうではケガもありました。そして、ひと皮むけそうなところで、結局むけきれないまま中途半端な状態になっているのが今。だからこそ、調子が上がっているこのときを大事にして、ひと皮むけておきたい。代表に選ばれたら満足というんじゃないんです。ひと皮むけきったところでW杯を迎えなきゃいけない」

 体もゴツくなり、イングランドで揉まれてきた自負もある。後は成長した姿をどこで発揮するか。今の立場ならサウサンプトンでは控えどころか、ベンチに入れない日も少なくないのかもしれない。しかし、そこから這い上がってプレミアで結果を残すことができれば、自ずと道は拓けてくるはずである。

“不屈の男”李忠成の意地に、期待したい。

(このコーナーは第1、第3木曜に更新します)
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