また有能な若武者が、ドイツへと渡る。
 清水エスパルスのエースに成長した22歳のFW大前元紀が、来年1月にドイツ1部のフォルトゥナ・デュッセルドルフに完全移籍することが発表された。

 大前は今季13得点を挙げて開眼した若手の一人。リーグ戦では終盤に失速し、ナビスコカップ決勝でも鹿島アントラーズに敗れたものの、“ヤングエスパルス”の象徴的な存在になった。Jリーグのベストイレブンに選ばれてもおかしくないほどの活躍だった。

 重心の低いドリブルを武器にした突破力が売りの大前だが、プロ5年目の今季、特に目立ったのは“裏への抜け出し”だった。

「裏をついてヘディングで決めたりとか、背後を狙うというのは特に意識してやってきたこと。そこから点を取れているのかなとは思います。まあ、試合にコンスタントに出られているし、ケガなくやれていることもそう。シュートへの意識だったり、ゴール前に行く回数が増えていることも得点が増えた要因ですかね」
 
 大前は流経大柏高3年時に全国高校選手権、インターハイ、全日本ユースの主要3大会すべてで得点王に輝き、2008年、注目を浴びて清水入りした。しかしながら、1年目はリーグ戦2試合に出場したのみ。2年目の飛躍を誓ったが、一度もリーグ戦のピッチに立てなかった。彼のプロ生活は決して順風満帆ではなかった。

「2年目は全然試合にも出られなくて、正直“クソつまんねえ”って思いましたよ。どうして周りの人は試合に出ているのに、俺は出られないんだろうって。移籍を考えたこともあります。でもあるときから、自分を見つめるようにしたんです。試合のメンバーに入らなくても、練習や居残りの自主錬で自分が納得できればそれでいいんじゃないか、と」

 彼が徹底したのは下半身強化だ。居残り練習で嫌というほど走りこみ、週に1、2度は横浜のジムに通って体幹を鍛えていった。当たり負けないフィジカルの強さを手に入れると、持ち前の突破力に磨きがかかった。元日本代表DFの松田直樹(故人)はよく「サッカーはケツが大事」と言っていたが、まさに大前の「ケツ」は下半身強化の賜物と言えた。加えて裏への飛び出しという新たな引き出しも得たことで、3年目は出場機会が増えた(リーグ戦13試合出場、3得点)。

 清水は昨季、岡崎慎司(シュツットガルト)、藤本淳吾(名古屋)ら前線の主力が移籍。このチャンスで大前はしっかりとレギュラーを勝ち取り、チームトップタイとなる8ゴールを挙げた。飛躍のきっかけを掴めたのも、試合に出ていない時期にしっかり自分のストロングポイントをつくったからだった。

 影響を受けた岡崎や、精神的に支えたくれた小野伸二(シドニー)がかつてプレーしたドイツに渡るというのも何かの縁だろうか。

「伸二さんの言葉は僕の支えでした。3年目の開幕戦で初ゴールを挙げたんですけど、そこから出番があんまりなかった。チームはずっと負けなしで首位に立っていて、伸二さんから“元紀のゴールがあったから、チームは今の位置にいるんだぞ”って言われたことがあったんです。あれがあったから僕は腐らず、やっていくことができた」

 ロンドン五輪世代だが、本大会メンバーの当落線上にもいなかった。大前が狙うのはドイツで活躍し、A代表に入ることである。彼は以前、近い目標としてこう言っていた。

「代表は、意識してやらなきゃいけないと思っています。でもまずはレベルアップを図っていきたい。自分自身、才能ある選手ではないと思ってますし、代表も年代別に選ばれているわけではない。これまでどおりコツコツやっていきたい」

 ドイツからアルベルト・ザッケローニを振り向かせることができるか。“尻”上がりの、サッカー人生。大前の真骨頂はこれからである。

(この連載は毎月第1、3木曜更新です)
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