「会長、今年も呼んでいただき、ありがとうございます」
 日本ボクシング協会の会長でもある大橋秀行氏に向かって、僕は深々とお辞儀をした。

 毎年、夏休み最後の日曜日は、横浜にある大橋ボクシングジムにて、昆虫イベントのクワレス大会をやらせてもらっている。今年は例年と違い、夏休みに入ってすぐの日曜日にスケジュールが変更となった。大橋ジム所属の選手が、8月にビッグマッチを行なうからだ。

 12日にはWBC世界フライ級チャンピオンの八重樫東選手の防衛戦が組まれ、25日には、今もっとも注目されている井上尚弥選手の日本ライトフライ級王座挑戦が控えている。大事な試合があっては、当然ながらイベントどころではない。にもかかわらず、日程を変えてでも開催を希望してくれたのだから、大橋会長に感謝である。

 8年目を迎えた今年は、7月21日に行なわれ、過去最高の盛り上がりを見せた。イベントではインドネシアやフィリピンのビッグサイズのクワガタ虫を使って、クワガタ相撲ならぬクワガタのレスリング『クワレス』を行なう。今回も選びに選んだ4匹の世界のクワガタ虫で、最強を決めるトーナメントを実施した。これには子供だけでなく大人もはまるおもしろさがある。

 さらに豪華なことに、セコンドには世界トップクラスのボクサーがついた。先述した八重樫選手に、女子の世界チャンプ(WBA世界ライトミニマム級)である宮尾綾香選手、4月に敵地(インドネシア・ジャカルタ)でWBA世界フェザー級王座に挑戦したが、負傷引き分けでベルトを逃した細野悟選手が勢ぞろいした。何より、元世界チャンプの大橋会長が自ら盛り上げ役に徹するのだから盛り上がらないわけはない。

 今年のクワレストーナメントの決勝は、大橋会長がセコンドについたインドネシアのクワガタと、細野選手が操るフィリピンのクワガタの一騎打ちとなった。結果は細野選手のついたクワガタに軍配が上がったが、負けたはずの大橋会長が何故か満面の笑みを見せていた。

 それは、細野選手がインドネシア(の虫)に勝ったからだ。よほど、うれしかったのか自身のフェイスブックでも「細野が、KOでジャカルタでの雪辱を果たした」とコメントしていた。インドネシアでの世界戦のリベンジを果たしたというわけだ。この喜びようを見れば、大橋ジムの師弟愛の深さがわかる。

 イベントには会員の子どもたちだけでなく、大橋会長の意向で児童養護施設の子どもたちも大勢呼んでいる。これはうわべだけの行為ではない。8年もの間、毎回、呼び続けているのだから、大橋会長は本当に子ども好きなのだ。

 さらに、かつてのジム生であるOBも数多く集まる。
「会長は面倒見が凄くいいし、恐ろしいほどの記憶力ですよ。だから久しぶりに会っても楽しいですよ」
 辞めていったボクサーのひとりは、こう言って笑みを見せた。

 ジムを去った人間たちとも交流を続けるのは、なかなかできることではない。大橋会長が、いかに人を大切にしているかがよくうかがえるエピソードである。プロレスで人間関係のごたごたばかりを見てきた僕にとっては、大橋ジムが本当に羨ましく思える。

 そう言えば、つい最近も全日本プロレスが、分裂を起こした。かつて社長も務めていた看板選手である武藤敬司選手が、全日を去ったのだから異常事態である。所属選手の多数が出ていくことで、団体の縮小化は否めない。僕は、UWFの頃から何度もこのような経験をしているが、どうしてプロレス界は同じことを繰り返してしまうのだろう。

 ちなみに全日本プロレスに至っては、ノアの旗揚げ時に続き、今回で2度目の分裂となる。このような状況では、メジャースポーツの仲間入りなど夢のまた夢だ。

 その点、K-1や総合格闘技に押され気味だったボクシング界は、近年、また大きく息を吹き返してきた。これは、トップである大橋会長の手腕による部分が大きい。

「実は……分裂の危機もあったんだよ」
 大橋会長は衝撃の事実を明かしてくれた。ボクシング界もプロレス同様、我の強い人間が多いのは想像に難くない。

 だが、なぜプロレス団体のように分裂とはならなかったのだろうか?
「オレは、プロレスが好きだったから助かったんだよ」

 その言葉にキョトンとしている僕に大橋会長は、説明を加えてくれた。
「あれほど勢いのあったUWFだって、分裂したら、とたんにしぼんでいった。だから、絶対に分裂だけは起こしてはいけないと思い、相手とじっくりと話し合ったんだよね」

 ボクシングのライバルは、急成長を遂げていたPRIDEなどの総合格闘技であり、痴話げんかをしている場合ではないと必死に説得に当たったというのだ。
「分裂を避けようと冷静に対処できたのは、プロレスを見てきたおかげかもしれない」
 つまり、プロレス界を反面教師にしたわけである。

 プロレス畑の自分にとっては少々耳の痛い話ではあったが、業界の発展に自らのプライドを捨て、円満に解決する道を選んだ努力に感服した。プロレスの世界で、内輪もめばかりを見てきた僕にとって、大橋会長は神様に見える。

 毎年、イベント後に会長室で、このようなお話をさせてもらうのが恒例となっているが、いつも勉強になるアドバイスをいただき、僕は幸せ者である。今は、極小プロモーションの「クワレス」だが、これから規模が大きくなってくるに従い、マット界のようなことが起きないとも限らない。

「会長の言葉を教訓に僕も頑張ります」
 僕は、大橋会長の姿勢を見習いながら、今後もミヤマ☆仮面のプロモートに全力を尽くしていこうと思う。

(毎月10、25日に更新します)
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