――時代の終焉――。9月12日のアンドレ・ベルト戦で判定勝ちを収めたフロイド・メイウェザーは、試合後に改めて現役引退を発表した。
ボクサーの引退発表ほど信用できないものはなく、メイウェザーも来春にも復帰を表明する可能性は否定できない。ただ、いずれにしても、このスピードスターの時代が終焉に近づいているのは事実だろう。
(写真:メイウェザー対ベルト戦はソールドアウトにならず、PPV売り上げも惨敗とメイウェザー時代の終焉を感じさせる興行結果となった)
今後、19年に渡って米ボクシング界を沸かせてきた5階級制覇王者の後を継ぎ、“業界の顔役”となるのは誰か。ただ強いだけでなく、話題性、カリスマ性も備えていなければいけない。今回は4人の候補をピックアップし、その魅力と将来性を探っていきたい。

 フェリックス・ヴェルデホ(プエルトリコ/ライト級/22歳/18戦全勝(13KO))

完全な先物買いであることは先に断っておきたい。ヴェルデホは今年6月にHBOデヴューを果たしたばかりで、まだ世界タイトルを保持したことはない。それでも彼の試合を一戦でも観たことがあるファンなら、多くの関係者がこの若者にエキサイトしていることを納得するのではないか。

「フェリックス・ヴェルデホという名前を覚えていた方がよい」
プエルトリコ出身の記者仲間からそう聴いたのは、まだプロデヴュー直後のこと。スピード、十分なパワー、電光石火のコンビネーション、何より抜群のカリスマ性を誇るヴェルデホは、確かに将来を嘱望させるスターパワーを備えている。
(写真:爽やかな笑顔もヴェルデホの魅力。今後、英語を覚えられるかどうかもアメリカで人気を得るために重要な要素だ)

アメリカの自治領という微妙な立場の島国の人々は、これまで自らの夢を投影できる母国出身ボクサーを熱狂的に支持してきた。ウィルフレッド・ベニテス、フェリックス・トリニダード、ミゲール・コットといった同国の華やかな王者たちの系譜を継ぐとすれば、この少年か。

もちろんまだ証明されていない部分は多く、今後1〜2年の伸び幅に注目が集まる。タフネス、拳のケガへの疑問を払拭できれば、将来は明るい。タイプ的にはコットよりもトリニダードに近い華やかなパンチャーが、世界中のファンを歓喜させる日は間近に迫っているのかもしれない。

同じく戴冠前の他の注目選手 エロール・スペンスJr(アメリカ/ウェルター級/25歳/18戦全勝(15KO))

 デオンテイ・ワイルダー(アメリカ/ヘビー級/29歳/34戦全勝(33KO))

 今年1月にWBC世界ヘビー級王座を勝ち取り、2007年以来、久々にアメリカに最重量級タイトルを取り戻した。見栄えの良い戦績が示す通り、両拳に宿るパワーは破格のものがある。強力アドバイザー、アル・ヘイモンが抱えるロースターの中でも、クロスオーバーのスターになるポテンシャルを秘めた選手はこのワイルダーしかいない。
(写真:筆者の取材に応えるワイルダー。喋りのうまさにも定評あり)

もっとも、29歳と遅咲きの新星の真価を疑う声が少なくないのも事実である。これまでの対戦相手のうちの大半は実績に乏しい二線級選手たち。6月の初防衛戦では無名のエリック・モリーナの右強打を浴び、ぐらつかされるシーンもあった(結果は9ラウンドKO勝利)。現代ヘビー級の支配者ウラディミール・クリチコはおろか、指名挑戦者のアレクサンダー・ポヴェトキンと対戦しても現時点では不利の予想が出されることだろう。

ともあれ、ワイルダーは9月26日に予定されるヨハン・デュアーパとの2度目の防衛戦で地上波NBCに初登場する。同局がヘビー級タイトル戦を放送するのは、1985年5月のラリー・ホームズ対カール・ウィリアムス戦以来。 莫大な視聴率を弾き出すことが有力の一戦で、どんなボクシングを披露するか。

20歳でボクシングを始めた選手だけに、まだ伸びしろは残っていると見るべき。今後に急成長し、クリチコの壁を破るようなことがあれば、マイク・タイソン以来のセンセーションとなり得る。それだけに、その動向からもうしばらく目を離すべきではない。

同階級の他の注目選手 アンソニー・ジョシュア(イギリス/25歳/14戦全勝(14KO))

 サウル・“カネロ”アルバレス(メキシコ/ミドル級/25歳/45勝(32KO)1敗1分)

アメリカ国内の商品価値の高さでは、すでにマニー・パッキャオをも抜き去った。意外にも母国での人気は微妙と聞くが、パワー、強敵との対戦を望む気概を持つ新ヒーローは新大陸のファンの心を捉えて離さない。まだ若いこともあり、HBOは次のPPVスターとしてカネロに高額投資を続けていくに違いない。

もっとも、筆者も含め、この選手の真の実力に懐疑的なメディア、関係者は少なくない。アウトボクサーを苦手にしている感があり、メイウェザーに完敗、オースティン・トラウト、エリスランディ・ララにも大苦戦。“この3人には全敗したも同然”と切り捨てる記者もおり、パウンド・フォー・パウンド・ランキングなどで上位にランクされることは少ないのが現状だ。

 11月の中南米ドリームファイトで対戦するミゲール・コットはタイプ的には噛み合いそうで、勝算は十分。その後、来年にもゲンナディ・ゴロフキン戦とのミドル級統一戦が実現すれば、“メイウェザー以降“では最高のメガファイトとなる。脅威のカザフスタン人王者の壁すら突破した場合には、カネロは全盛期のオスカー・デラホーヤに比肩するほどのスーパースターになるはずだ。
(写真:コット(左)戦に勝てば、カネロの一般的な知名度はさらにアップするはずだ Photo By Tom Hogan Photos/Roc Nation Sports/GBP)

ただ、それ以前にコットに競り負けてしまっても特に驚かない。また、どこかでアウトボクシングのできる実力派ボクサーに再び苦杯を喫する可能性も常に残る。やや人気先行のカネロにとって、いずれにしても今後数年の活躍が評価確立の鍵となってくるはずである。

 ゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン/ミドル級/33歳/33戦全勝(30KO))

YouTubeのセンセーションから、米国内屈指の人気選手へ――。カザフスタンのデストロイヤーは、2012年秋のアメリカデヴューから約3年で一気に世界ボクシングの頂点近くにまで上り詰めた。

 14連続KO防衛を可能にした破壊力と、拙い英語と笑顔で堂々とスピーチする人間味には分かり易い魅力がある。所属するK2プロモーションの売り出しのうまさも手伝って、ゴロフキンはボクシングマニアの新恋人になった。
(写真:スーパースターダムの間近にいるゴロフキンは、近未来にビッグファイトを実現させられるか Photo By Rich Kane/Hoganphotos/K2/GBP)

10月17日にマディソン・スクウェア・ガーデンで開催されるデビッド・レミューとの統一戦は、チケット売り上げも絶好調。当日は“東のメッカ”が近年最高の素晴らしい雰囲気に包まれそうである。

もっとも、ゴロフキンのアメリカでのレガシーはここから先にキャリアをどう操縦していくかにかかってくる。レミューを下した後、カネロ対コット戦の勝者、スーパーミドル級の帝王アンドレ・ウォードと次々と対戦していくのが理想のシナリオ。彼らを連破すれば、来年が終わる頃までに、ゴロフキンは“アンチ・メイウェザー”的な大衆のヒーローとなっていることだろう。

ただ、これほど危険な選手との早期対戦をカネロ、コット、ウォードが承諾するかどうか。そして、すでに33歳のゴロフキンには衰えの影も遠からず忍び寄ってくる。近いうちに“業界の看板”を引き継ぐことが可能だとして、頂点に立っていられる期間は意外に短くなっても不思議はない。

杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。著書に『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)『日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価』(KKベストセラーズ)。

※杉浦大介オフィシャルサイト>>スポーツ見聞録 in NY
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