待ちに待ったアジアカップ決勝戦。12時過ぎには会場のカリファスタジアムに到着し、メディアセンターで仕事をした。天気は晴だったものの、雲が多く、日が暮れるにつれて寒くなった。
(写真:花火と紙吹雪で彩られた感動的なフィナーレ)
◇1月29日 「初対面の地元記者とガッチリ握手」

 4万人規模のスタジアムはほぼ満員。ヘリコプターが上空を飛び、大型ビジョンには会場入りで移動する日本とオーストラリアのバスを上空から映し出した映像が流れる。それだけで会場は「ウォーッ」とヒートアップ。まるでお祭りのような感覚だった。セレモニーでは踊りなども披露され、華やかな演出が印象的だった。
 さて試合は一進一退の攻防。延長後半に李忠成選手の鮮やかなボレーが決まると、記者席も大盛り上がり。僕も思わずガッツポーズを繰り出してしまった。隣に座っていた地元メディアと思しき記者も「ベリー、ベリーストロング!」と粘り強さを発揮して戦う日本代表の戦いぶりを賞賛。優勝が決まると、その初対面の記者と握手を交わした。

 優勝のセレモニーがまたすごい。花火が連続で上がり、夜空はもう真っ赤。紙吹雪の量も半端なく、ピッチにいる日本代表の姿が見えなくなったほどだ。アジアカップでは過去最大級といっていいほどの派手なセレモニーだった。
 日本が2大会ぶりの優勝を果たしたアジアカップ。全体的な印象で言えば、強いチームが順当にグループリーグを突破し(サウジアラビアは不甲斐なかったが)、優勝を争ったという印象だ。ちょっと気になったのは不安定なレフェリングが多かったこと。特に「中東の笛」を感じたことは個人的になかったものの、ただただレフェリーが予想以上に目立った試合が多かったことは残念だった。

 そして最後にカタールについて記しておきたい。2022年のW杯開催地に選ばれているカタールはとても素晴らしい国だった。しかしW杯のことを考えると……。暑さの問題も当然出てくるだろうが、不安なのはインフラ整備の遅れだ。電車がないために、公共の移動手段はバス、タクシーに限られるのだが、台数は限られているし、渋滞も激しい。観戦者の移動はかなり苦労すると思う。徒歩にしても歩道が舗装されていないところも多い。まああと11年もあるから、かなり整備されるのだろうが……。本当に夏開催となるなら、練習施設にも冷房を完備しなくてはならないだろうし、とにもかくにもお金がかかりそうだ。
 ただ、人は親切だったし、メディアに対するサービスも良かった。この国がW杯に向けて、一丸となって取り組んでいこうという気概は、このアジアカップでも感じることができた。素晴らしきドーハを、また訪れたいと思う。
 ドーハ日記はきょうを持って終わりです。ご愛読ありがとうございました!


◇1月26日 「待ちに待ったご対面の瞬間!!」

 フラフラになりながら練習取材に行ってきました。昼にメディアセンターに移動して、ここで食事を取って午後8時に終了。さあ、ここからは待ちに待ったフリーの時間。
 アルコールが飲める某外資系ホテルの外国人専用バーにライター、カメラマン仲間で行ってきた。パスポートを見せて身許を証明した後で、バーに入ることになる。おーっ、外国人ばかりにぎわっている。注文したのは生ビール。一杯、日本より少し高めの700円近いが、法外な値段ではない。3週間ぶりとなるビールを喉に流し込むと、もう感動の域。ほとんど一気状態で飲み干して、すぐにおかわりです。ワインも空けたような……。
 日本の優勝を祈願しての決起集会は深夜まで続いたのでした。


◇1月25日 「暗闇のメディアセンターでお仕事……」

 いよいよ日韓戦。キックオフは4時25分。気合を入れて12時前にはアルガラファスタジアムに到着した。試合前にはBGMでいろんな音楽が流れるのだが、時折、出場国の音楽が聴けるのは密かな楽しみだ。今大会で目立つのはパヒューム。「ポリリズム」は3度ほど聞いたし、「ねぇ」もあった。きょうは何かなと思っていたら、なんと「およげたいやきくん」!!! さすがに記者席で仕事をしていたメディアの人たちも驚いていた。

 さて試合はカタール戦に続いて、僕も興奮しっ放しの試合展開。前半に今野泰幸選手がPKを奪われ、逆に延長前半には日本がPKを得た。とてもいい試合だっただけに、レフェリーが目立った試合となってしまったのは残念だった。ザッケローニ監督は試合後に「私はレフェリーのジャッジについて話をするのが好きではないが、韓国のPKも日本のPKもなかったんじゃないか」と思うと私見を述べていた。

 取材が終わったのは午後9時ほど。スタジアムがクローズになり、普通ならホテルに戻って仕事をするのだが、ホテルのインターネットが故障しているために、メディアセンターに移動。ここは午前1時まで空いているのだが、そんな時間じゃ仕事は終わりません。
 でも1時を過ぎても消灯になるだけで、追い出されることはない。暗闇のなかでテレビの明かりを頼りに原稿を書きまくって、終わったのが4時。さあ、どうやって帰ろうかと思ったら、なんとメディアバスは24時間(試合の日に限り)動いているとの情報。1時間に1本しか出ていないバスに飛び乗り、メディアホテルまで乗ってからそこでタクシーで泊まっているホテルに戻った。到着したのが5時過ぎ。明日の練習は10時なので、もう寝ます! 

(このレポートは不定期で更新します)

二宮寿朗(にのみや・としお)
 1972年愛媛県生まれ。日本大学法学部卒業後、スポーツニッポン新聞社に入社。格闘技、ボクシング、ラグビー、サッカーなどを担当し、サッカーでは日本代表の試合を数多く取材。06年に退社し「スポーツグラフィック・ナンバー」編集部を経て独立。携帯サイト『二宮清純.com』にて「日本代表特捜レポート」を好評連載中。