今季からプロ野球では低反発の統一球が導入された。必然的にアーチ合戦が少なくなり、ロースコアのゲームが増えることが予想される。接戦でのひとつの送りバントや走塁が、その試合の勝敗はもちろん、シーズンの行方を大きく左右するかもしれない。では、バントを確実に決めるにはどうすればよいのか。通算犠打数(533個)の世界記録を持つバントの職人、巨人・川相昌弘2軍監督に二宮清純がその極意を訊いた。
(写真:今季から「全力プレー」をスローガンに巨人の若手を育てる)
二宮: 巨人は昨季の犠打数がリーグ最少の76。成功率(.648)も12球団ワーストでした。どこに問題があったのでしょうか?
川相: もちろん、選手たちは「バントをやらなきゃいけない」とは思っていたはずなんですよ。ただ、そのやり方や考え方があやふやだったのではないでしょうか。ただ闇雲にバントをやるのではなく、どうやったら成功する可能性が高くなるかを知ることが大切です。

二宮: 川相さんはバントをする際に最も重要なのは、打球の勢いを殺すことではなく、方向性を決めることだと指摘していましたよね。
川相: 僕の場合はどちらかというか勢いを殺すよりも、方向性を決めるほうが得意だったんです。もちろん、勢いを殺すのが得意な選手であれば、その中でピッチャーの正面だったり、危険なゾーンを避けてバントをすればいい。まず自分の得意なバントのスタイルを知ることから始めてほしいと思います。その中でこうすれば危ない、こうやれば成功率が高いという部分を見つける。もし打球の勢いが強すぎて悪いバントになっても、ここに転がせば成功するというゾーンを知っているのと知らないのとでは大きな違いが出てきます。

二宮: まずはバントをやる前提として、己を知り、考え方を整理すると?
川相: そうですね。そうすれば狙い通りにバントをやるにはどうすればいいのかというテクニックの問題になる。手順を追って意識付けと練習をしていれば、必ずバントはうまくなると思います。

二宮: そのテクニックですが、まずはバントをする時の基本フォームから教えてください。
川相: バントがうまい選手はパッと構えただけでも、その雰囲気があるんですよ。ピッチャーや守備側から見ていると、それは観ただけでなんとなくわかるものです。大事なのは、バントでも足元の力を抜かないこと。意外とバントの時には力を抜いて、腕だけでポンとやってしまいがちですが、バッティングの時と同様に足に力を入れて踏ん張る。むしろバントの時こそ力を入れて、勢いを吸収しないと、打球を飛ばさないようにすることはできません。その形が決まってくると、だいたい自分が思う方向に転がすことができるようになります。

二宮: なるほど。よくバットを引いて打球の勢いを殺せと言われますが、体全体で吸収すると?
川相: バットだけを引くのではなく、体全体でボールの勢いを受け止めるんです。バットの先っぽで勢いを殺そうと思っていても、手先とバットだけでは、なかなか打球の勢いは弱くならない。コンと強い打球がいきがちです。だからバットの先っぽには当てつつ、体全体を使って一瞬、グッとボールの威力を吸収する動きが必要なんです。

二宮: 足の位置は基本的にバッティングの時と一緒でいいのでしょうか?
川相: 僕は一緒にしていました。これには理由があります。バントの時に足の位置が違えば、その時点でキャッチャーにバレてしまうんです。常に同じ位置、スタンスで構えた上で、バントやバスターをやる。変えてはいけないのは、足の位置だけではありません。グリップの位置もそうです。バントの時はバットを短く持っていて、バスターになった瞬間にやや長めに持つと、グリップエンドの余し方でキャッチャーや相手ベンチに作戦が分かってしまう。
 僕が中日で1軍の内野守備走塁コーチをしていた時には、ベンチで高代延博コーチと一緒に相手バッターの足元やグリップエンドをしっかり見ていました。体重移動にしても前に体重が乗っている時はバスターができない。そこで、ちょっとでも変化があれば、キャッチャーに警戒の指示を出していました。

二宮: 右手と左手の距離はどのくらいがベストですか?
川相: 両手が離れ過ぎてもバランスが悪いし、近すぎてもバッドのヘッドが動いてしまいます。体の前に手を出した肩幅くらいの距離(写真)がちょうど良いのではないでしょうか。

二宮: 川相さんはバントの成功率が9割超。やはりプロなら、このくらいの成功率を目指してほしいと?
川相: もちろん10割が理想ですけどね。まぁ、10回に8回は成功してほしいかな。2番打者とかバントの機会が多い選手なら、当然8割5分から9割は成功すると思うのですが、ピッチャーやたまにしかバントをしないバッターをどうするか。ここは最初に言った意識付けが大事ですね。「チャンスで打席が巡ってきたらバントをやる」ときっちり意識させる。「えっオレ、バント?」という気持ちでは絶対に成功しませんから。そこを指導者は徹底しないといけないと思っています。

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