31人の“勇敢な桜の戦士”たちが、歴史を塗り替えた。先日のラグビーW杯イングランド大会で、日本代表は優勝候補の南アフリカから金星を挙げるなど、過去最高の3勝を挙げた。WTB山田章仁はサモア戦で1トライを挙げたほか、体を張ったプレーで攻守に活躍した。4年前はW杯のピッチに立つことすらかなわかった山田が、ラグビーの母国で男を上げる。彼が進化を遂げた理由に、12年に経験したアメリカンフットボールとの“二足のわらじ”も挙げられる。もうひとつ楕円の球を追いかけて掴んだものは――。当時の原稿で触れてみよう。

 

<この原稿は2012年12月5日号『ビッグコミックオリジナル』(小学館)に掲載されたものです>

 

 日本のラガーマンには珍しく、両耳にはダイヤモンドのピアスが光っている。

 耳に穴を開けたのには、彼なりの理由があった。

「自分の顔を鏡で見る。ピアスが映る。あの時の気持ちを忘れないようにと……」

 

 2011年秋、ニュージーランドで開催されたラグビーW杯の日本代表にパナソニック ワイルドナイツのWTB山田章仁は選ばれなかった。

「W杯前の10-11年のシーズンにはトップリーグで優勝し、ベスト15にも選んでいただいた。自分でも納得のいく成績が残せたと思っていたのですが、残念ながら……。そんな時って気分を一新するために髪を切ったりするじゃないですか。それが僕の場合はピアスでした」

 

 ピアスのご利益はあらたかだった。この10月、山田は欧州遠征に臨む日本代表メンバーに初選出された。

 さてピアスはどうなるのか。

「(W杯メンバーから)外された時の悔しい気持ちがあったからこそ、今回選ばれた。だから、そのままつけておこうと思っています」

 

 今季、山田は出色のパフォーマンスを披露している。トップリーグでは目下、12トライとランキング首位に立っている。ニュージーランド代表CTBソニービル・ウィリアムズとの華麗なコンビネーションは観る者の視線を釘付けにする。

「彼は相手を引きつけながらパスは出す。これが素晴らしいんです。もう目をつぶっていても捕れるくらい。僕はそこにいるだけでいい。彼のパスなら誰でもトライを獲れますよ」

 そう謙遜する山田だが、持ち前の決定力は確実に磨きがかかっている。

 

 進化を遂げた理由のひとつに“二刀流路線”が挙げられる。この5月から山田はアメリカンフットボールのノジマ相模原ライズにも所属し、Xリーグでもプレーしているのだ。

 トップリーグとXリーグ。ラグビーとアメフトの国内最高峰リーグで同時にプレーする選手は、もちろん彼が初めてである。

 

「まさかアメフトに挑戦だなんて想像もしていませんでした」

 そう切り出したのはワイルドナイツ部長の飯島均だ。

「今年春のことです。個別ミーティングで“来シーズンを迎えるにあたって何か考えていることは?”と聞くと、“アメフトに挑戦したいと思っている”と。正直言って、これには驚きました。海外のクラブでプレーしたいというのなら、まだわかります。しかしアメフトとは……」

 

 実は、このアメフト挑戦、山田にとっては随分、前から温めていたプランだった。大学時代にはNFL入りを目指すアメフトの選手と一緒にトレーニングをしていたこともある。

 それにしても、と思う。なぜ、この時期の挑戦だったのか。

「365日、アメフトのことばかり考えている選手に対し、ラグビーを引退したから、あるいはピークを過ぎたから行きます、というのは失礼だと思うんです。

 どうせアメフトをやるのであれば、僕がラグビーでバリバリやっている時に挑戦したかった。そうすることでアメフトの選手に対してリスペクトの気持ちが伝えられればいいな、と……」

 

 問題は所属先だった。同じパナソニックのアメフト部インパルスは社員以外の入部を認めていない。山田はワイルドナイツとプロ契約を交わしているため、受け入れてくれる他のクラブチームを探すしかなかった。

「チームの雰囲気が素晴らしいし、ヘッドコーチも人格者。せっかくやるのなら、いい環境でアメフトをやってみたい」

 いくつかあるチームの中から山田が選んだのがノジマだった。

 

 アメフトにおける山田のポジションはリターナー。相手が蹴ったボールを確実にキャッチし、敵陣に走りこむのが主な役割だ。

 

 山田はアメフトから何を得たのか。

「僕がやっているリターナーは、ボールを持って走ると一斉に相手の選手が僕に向かってくる。このプレッシャーの中で、わずかな穴を見つけて走らないといけない。

 

 一方、ラグビーではボールを持っている選手だけでなく、地域を守らなければならないので、アメフトに比べればプレッシャーがかからない。おかげで随分、視野が広がったと思います」

 

 飯島も山田の成長には、こう言って舌を巻く。

「狭いスペースの中、どこで抜けるか。アメフトをやるようになってからイメージがより鮮明になってきているのではないでしょうか」

 

 ラグビーの盛んな北九州市の出身。5歳でラグビーを始め、小倉高から慶應大に進んだ。高校ではU-17、大学ではU-19、U-23日本代表に選ばれている。絵に描いたようなエリートラガーマンだが、なぜか、これまでフル代表には縁がなかった。

 

 だからフル代表に初選出された直後のブログに、彼はこう書いたのだ。

<U-17、19、23、日本選抜、七人制代表と日本協会には約10年前からお世話になっており(お金がかかってる? 笑)、ここからまた新しいスタートを代表チームと共にきれることを誇りに思います>

 

 日本代表ヘッドコーチのエディー・ジョーンズには大学時代に指導を受けたこともある。

「厳しい中にも、コーチとしてのスキルは素晴らしいものがありました。しかも人間的な魅力もある。エディージャパンの一員になれて今はワクワク、ドキドキしています」

 

 目標は次のW杯で同僚のウィリアムズの母国ニュージーランドと試合をし、勝利すること。そして、この世界的CTB、彼もまたラグビーとボクシングの二刀流なのだ。

 

 そこに水を向けると、苦笑を浮かべながら27歳は言った。

「二刀流とは言っても、彼はボクシングでもチャンピオン(ニュージーランドヘビー級)。ズバズバ切れる二刀流ですよ。僕の片方の刀は、まだこれからですけど……」

 

 いかにして二兎を得るか。困難な挑戦ゆえに価値がある。


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