「女房には“自分の足で歩いて帰ってきてね”とだけ言われてるんだ」
引退試合を前に天龍源一郎は、そう語っていた。
ちゃんと自分の足で、家まで歩いて帰れたのだろうか……。それは見ているこちらが心配になるほど壮絶な“最期”だった。
去る11月15日、東京・両国国技館のリングで天龍は相撲、プロレス合わせて52年にも及ぶ長い格闘人生に幕を引いた。
最後に選んだ相手は新日本のIWGPヘビー級王者オカダ・カズチカ。平成プロレスのスーパースターだ。
一方の天龍は昭和プロレスの右代表。オカダより37歳年上の65歳だ。
「おい、あんちゃん! 心してかかってこいよ」
啖呵からして、昭和である。時代遅れの啖呵も天龍が切ると絵になる。
昭和VS平成。果たして時代の歯車は噛み合うのか。
天龍の肉体は見るからにボロボロだ。サポーターに包んだヒザが揺れ、ロープを掴んで立っているのが、やっとの状態。最後の力を振り絞るように水平チョップ、グーパンチを繰り出すが、往年の切れがない。代名詞のパワーボムもヒザが割れ、フィニッシュの姿勢をとることができなかった。
翻ってオカダは、まるで老いたライオンに襲いかかるオオカミのようにリングを疾走した。至近距離からのドロップキックにジャックナイフのようなエルボースマッシュ。
最後はレインメーカーからの片エビ固めで大先輩に3カウントを聞かせた。
精魂尽き果てたと言わんばかりにキャンバスに大の字になる天龍。52年間の激闘の労をねぎらうかのように深々と頭を下げるオカダの姿に胸を打たれた。
「年下の後輩のオレが言ってやる。“天龍さん、あっぱれだよ”と」
天龍にすれば、息子に死に水をとってもらったような心境だったのではないか。
だから、こう言ってリングに別れを告げたのだ。
「本当に腹いっぱいのプロレス人生でした。もう望むものは何もありません。ありがとうございました」
痛みが伝わるプロレス――それを天龍は表現し続けてきた。あのゴツゴツとした肌ざわりこそは、今風に言えば“リングの中のリアル”だった。
「オレは自分の足でリングを降りられただけで幸せだよ」
潰れたのどが、何よりも雄弁に過酷な格闘人生を物語っていた。
さらば、風雲昇り龍!
<この原稿は2015年12月11日号『週刊漫画ゴラク』に掲載されたものです>
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