アテネ市郊外にあるオリンピック・インドアホールが歌劇場と化したのは今から11年前のことだ。体操ニッポンの選手たちが鉄棒でピタリと着地を決めるたびにスタンドからは「ブラボー!」の声が上がった。団体総合28年ぶりの金メダルが決まったのは深夜のことだった。

 

 行くのも一苦労なら、帰るのも一苦労だった。道中、舗装が間に合わなかったのか土砂がむき出しになっている箇所があり、私は何度もタクシーの天井に頭をぶつけた。どうにかならないか、とドライバーをにらみつけると「パルテノン神殿だって完成するのには10年かかったんだぜ」と捨てゼリフを吐いた。

 

 場末の古宿に泊まったせいもあるが、ホテルマンの対応もよくなかった。用事を頼もうにも午後には誰もいなくなるのだ。そう、ギリシャにはシエスタ、すなわち昼寝の習慣があり、その時間帯に何かを頼むのは不躾だというのだから恐れ入る。どれだけ仕事に支障をきたしたことか。

 

 欧州ではドイツとギリシャがよく「アリとキリギリス」にたとえられる。勤勉なドイツ人に対し、ギリシャ人は呑気だと。一方で、それは一面的な見方だと指摘する向きもある。年間労働時間はギリシャ人が平均2042時間であるのに対し、ドイツ人は1371時間。ギリシャ人の方が働き者ではないかと。もっとも、ギリシャでは昼寝の時間まで含んでいるのだが……。

 

 と、1カ月程度の滞在でギリシャの悪口ばかり書き連ねてきたが、この頃、アテネでの時間が妙に懐かしく感じられる。郷に入りては郷に従えとばかりに昼寝をし、夕方からビールやワインを飲む、あの自堕落と紙一重の至福。締切りさえなければ桃源郷だった。

 

 翻ってニッポン。新国立競技場はすったもんだの末にA案に決まった。IOCは従来よりも3カ月早い完成を要求している。混迷を招いた責任当局への不信感がぬぐえないのだろう。

 

 工期を守るのは当然として、もっと重要なことがある。それは安全である。それでなくても、この国は自然災害が多いのだ。工事の遅れをパルテノン神殿を持ち出してシラを切るギリシャ人の真似はできないまでも、早過ぎる請求書なら、封も切らずに札の上に積んでおく図太さも必要ではないか。先進国の主要都市が次々と五輪招致から撤退している今、東京の機嫌を損ねたらIOCもこの先、苦労するぞ、と言い含めてもバチは当たるまい。

 

<この原稿は15年12月30日付『スポーツニッポン』に掲載されています>


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