2015年イングランドW杯で南アフリカを破るなど3勝をあげ、大躍進をとげたラグビー日本代表を陰で支えた人物として脚光を浴びたのが格闘家の高阪剛である。

 

 彼の功績がいかに大きかったかは、FW真壁伸弥の次のコメントからも明らかである。「高阪さんから教わったことのひとつに“ぎりぎりの局面では足を一歩前に出せ。準備ができていない相手だったら、それだけでビビる”というものがあるんです。実際、南アと戦っている時がそうでした。スクラムを組もうとして、こっちが足を前に出すと、不安そうな表情を浮かべるんです。“こんなはずじゃなかった”とね、こっちは“高阪さん、ありがとう”とつぶやいていました」

 

 高阪をジャパンのスポットコーチに招いたのは前ヘッドコーチのエディー・ジョーンズである。「ラグビーのことは全く知らない。それでもいいのか?」と念を押すと、エディーは「それでも構わない。ぜひ来てほしい」と語気を強めた。「大柄な外国人を倒すにはディフェンスラインでのタックルのスキルを上げなければならない。そのためには1対1で命がけで戦っているキミのような格闘家の経験と知識が必要なんだ」。W杯に懸けるエディーの情熱に高阪は胸を打たれた。「私でよければ…」

 

 では具体的に、どうタックルの質を変えたのか。低く突き刺さるようなタックルなら、わざわざ格闘家に教わらずとも、以前からジャパンの武器として存在した。エディーは何を欲したのか。高阪は語る。「おっしゃるように、ただ低いタックルなら代表レベルの選手は皆できるんです。ただ相手を倒す作業にとどまっていた。総合格闘技の場合、相手をダウンさせても、まだ足を前に出し、トップポジション(倒した相手の上になる状態)をとるまでタックルの動作をやめない。倒しただけなら、いつ立ち上がってくるかわからないからです。要は倒すか、倒し切るか。そこに違いがあったんです」

 

 12月29日、総合格闘技RIZINのリングに高阪の姿があった。9年ぶりの現役復帰をTKO勝ちで飾った。リングサイドにはFW大野均らジャパンの面々が顔を揃えた。「彼らの前で“下がるな!”と檄を飛ばしていた僕が下がるわけにはいかないでしょう」。責任を果たしたと言わんばかりの表情で語った。この3月で46歳。まだ現役で戦い続けるという。

 

<この原稿は16年1月6日付『スポーツニッポン』に掲載されています>


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