第307回 ボクシングヘビー級に新時代到来? ~米国期待のワイルダー、ブレイクなるか~
2016年はボクシングの世界ヘビー級にとって重要な年になりそうである。
昨年11月28日に絶対王者として君臨してきたウラディミール・クリチコ(ウクライナ)がタイソン・フューリー(イギリス)に敗れてWBA、IBF、WBO世界ヘビー級王座を失って以降、戦線が一気に騒がしくなっている。
まずは今週末の1月16日、ブルックリンでヘビー級の2大タイトル戦が開催される。WBC王者デオンテイ・ワイルダー(米国)がアルツール・スピルカ(ポーランド)を相手に3度目の防衛戦を行えば、セミファイナルではフューリーが返上したIBFのベルトをかけて、ビャチェスラフ・グラツコフ(ウクライナ)とチャールズ・マーティン(米国)が王座決定戦で対戦する。この興行を皮切りに、2016年は多くの注目カードが行われる気配だ。
「私はクリチコを尊敬していたが、彼が敗れたことでヘビー級戦線はより魅力的になった。現時点で、(支配者になる)チャンスが誰にでもあるからね」
16日の興行のプロモーターを務めるルー・ディベラ氏の言葉に、多くのファン、関係者は同意するのではないか。
フューリー、クリチコ、ワイルダー以外にも、WBA正規王者ルスラン・チャガエフ(ウズベキスタン)、WBA 暫定王者ルイス・オルティス(キューバ)、元WBA王者アレクサンダー・ポヴェトキン(ロシア)、元WBA王者デビッド・ヘイ(イギリス)といった実力者たちが顔を揃える。中でも昨年12月19日に、実績あるブライアント・ジェニングス(米国)を痛烈にKOしたオルティスの台頭で、米国内の争いもさらに面白くなった感がある。
また、アンソニー・ジョシュア(イギリス)、ジョセフ・パーカー(ニュージーランド)といった楽しみなプロスペクトたちも腕を磨いている。特にここまで14戦全勝全KOの快進撃を続けるジョシュアは、26歳にして近未来のスーパースター候補との評価を勝ち得るに至った。さらにジェニングス、クリス・アレオーラ(米国)、デリック・チソラ(イギリス)といったベテランたちもまだ商品価値を残している。
アメリカでは近年は“ヘビー級低迷の時代”が続いてきたが、クリチコ王朝の終焉が新たなターニングポイントになるのだろうか。最重量級に揃った多くのタレントたちが、今年の後半頃から徐々に潰し合いを始めそう。そのときには、ヘビー級戦線は久々にスポーツファンの興味を惹きつけることになるだろう。
アメリカマーケットに限って言えば、鍵を握るのがワイルダーであることに疑問の余地はない。昨年1月に7年7ヶ月ぶりにアメリカにヘビー級タイトルをもたらした30歳は、その後に2度の防衛に成功。35戦全勝34KOという見栄えの良い戦績が示す通り、両拳に破格のパワーを秘めたパンチャーである。
「2016年はデオンテイ・ワイルダーにとって大きな年になる。ファンはエキサイトし、感動するだろう。時間を無駄にはしない。僕の目標はヘビー級の統一王者になることで、ベルトを持っているものは私の相手をせねばならない」
スピルカ戦前の公開練習でそう語り残したワイルダーは、ここで順調に3度目の防衛を果たせば、その後にポヴェトキンとの指名戦に駒を進めることになる。ポーランド、ロシアの刺客を首尾良く下せば? その先には、フューリー、ジョシュア、ヘイといった英国勢との国境を超えたライバル対決への夢も膨らむ。
「素晴らしい身体能力の持ち主で、興味深いパーソナリティも備え、カリスマ性に満ちている。存在感があり、大きなハートを備え、面白い男でもある。リングで実力を証明できれば、自信と誇りに満ちた若きアメリカ人のヘビー級王者は業界を変える存在になれるかもしれない」
プロモーターの誇大宣伝のすべてを真に受けるべきではないが、ワイルダーに関するディベラの言葉は大げさではない。
すべてがシナリオ通りに運べば、マイク・タイソン、イベンダー・ホリフィールドの時代以来、ワイルダーはボクシングの枠を超えたヘビー級チャンピオンとなり得る可能性を持った稀有な存在である。
ただ……少なくとも現時点で、ワイルダーの真価に懐疑的な関係者は少なくない。エリック・モリーナ(米国)、ヨハン・デュアーパ(フランス)といった二線級を相手に2度の防衛を果たしてきたが、どちらも試合内容はもうひとつ。攻守ともにやや大味で、持ち前のポテンシャルを持て余している感もある。ディフェンス、タフネスも証明されておらず、依然として“守られてきた王者”という印象も拭い去れていない。
だからこそ、今週末のスピルカ戦の出来には注目が集まる。ジェニングスを終盤ラウンドまで苦しめたキャリアのあるポーランドのタフガイは、簡単に勝てる相手ではない。この3度目の防衛戦を好内容でクリアし、ワイルダーにとって“審判の時”と呼べるポヴェトキンとの大一番に弾みをつけられるかどうか。
ひとりのボクシングファンとして、ヘビー級に活気が戻りつつあることをまずは素直に喜びたい。この勢いを生かすも殺すも、アメリカではとにかくワイルダー次第。新たな希望は本物なのか、それとも作られたスーパースター候補に過ぎないのか。楽しみな2016年の数戦を終える頃には、その疑問の答えがかなりはっきりと見えてきているはずである。
杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。著書に『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)『日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価』(KKベストセラーズ)。
※杉浦大介オフィシャルサイト>>スポーツ見聞録 in NY