愛媛県今治市をホームタウンとするFC今治の運営会社「株式会社今治.夢スポーツ」の代表取締役にサッカー元日本代表監督の岡田武史が就任したのは今から1年ほど前のことだ。

 

 

 岡田が四国サッカーリーグに所属するローカルクラブのオーナーになったのには理由があった。

「日本人に合った世界に通用する岡田メソッドという型をつくろうと決めました」

 

 就任会見の席で、岡田はこう語り、続けた。

「あるスペイン人のコーチと話していた時に、“スペインにはプレーモデルと呼ばれるサッカーの型があるが、日本にはないのか?”と聞かれたんです。

 

 サッカーというのは、僕が選手の時には“蹴っとけ!”みたいに、型にはめるのではなく、自由な発想や個人の判断が大切だ、ということで“考えさせる指導”というのがはやっていた。それもあって日本のサッカーは急激に進歩していきました。

 

 ところが、その上を行っているスペインには型がある。でも彼らの言っている型というのは、よく聞いてみると“型にはめる型”ではなく共通認識なんだと……」

 

 岡田の話を聞いていて思い出したのが、歌舞伎界の名優・中村勘三郎の生前の口ぐせだ。

「型を身に付けてこその型破り。基本のできていない芸は、ただの型なし」

 

 昨年12月、今治での謝恩会で岡田に会った際にその点を質すと、こんな答えが返ってきた。

「日本では子供の頃、“サッカーは楽しんでやればいい”と教わるでしょう。で、高校生くらいになってから“こうやれ、ああやれ”となる。逆にスペインでは子供の頃に基本を教えて、16歳ごろから自由にする。

 

 日本の教育を見ればわかりますが、“ゆとり教育”と呼ばれ、“自分の好きなものを探しなさい”と言われたところで、そう簡単に見つかるものじゃないですよ。逆に縛りがあるからこそ、自由になりたい、人とは違うことをやりたいという発想が生まれるんじゃないかなと……」

 

 能の世界に「守破離」という言葉がある。世阿弥が起源とされる。

 

 伝統文化の基本は師から教わった型を忠実に「守」ることから始まる。だが、それだけでは発展しない。次の段階で型を「破」り、最終的には型から「離」れて自由になる。

 

 つまり、新しい型を創設することで師の恩に報いるとの思想である。

 

 岡田が今治の地でやろうとしていることは、これではないのか。

 

 余談だが、ロシアのバルチック艦隊を撃破した連合艦隊は丁字作戦を採用した。この元になったのが瀬戸内・今治沖の島々を本拠にする村上水軍の戦法だといわれる。

 

 いくつかの資料にあたると、当時の日本の識字率がほぼ100%だったのに対し、ロシアは約20%だったとされる。

 

 サッカーの現場における識字率は、「戦術の理解度」を意味する。そう考えると今治が岡田を引き寄せたのは偶然ではあるまい。

 

<この原稿は『サンデー毎日』2016年1月31日号に掲載されたものです>

 


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