正月の箱根駅伝で連覇を果たした青山学院大学の選手たちは、他校の選手たちと比べた場合、総じて腕振りが滑らかだったと言われる。フィジカル・トレーナーである中野ジェームズ修一の指導を受けるようになってから、その傾向はより強くなってきた。

 

 

 そのことは、監督の原晋もはっきりと認めている。

「僕が見ていても、ウチの選手たちの走りはかっこいい。特に腕の振りがスムーズですね」

 

 中野によれば「肩甲骨を動かすことによって推進力が生まれる」。しかし指導当初は、肩甲骨が動くことすら知らない選手たちがいたという。

 

 テニスのクルム伊達公子、卓球の福原愛など、中野はこれまで多くの一流アスリートをトレーニング面から支えてきた。メンタル面のサポートも行う。

 

 コーチであれトレーナーでもあれ、指導者は大きく二つのタイプに分けることができる。難しいことを分かりやすく説明できる者とわかりやすいことを難しく説明してしまう者。むろん中野は前者である。

 

 それについては、原がこう語っていた。

「中野さんは理論の説明の仕方がうまい。ストレッチひとつとっても、どこの筋肉にどう有効かということを丁寧に説明してくれる。今では学生全員が中野さんの理論を共有している。強さを継承していく上での土壌づくりができていると実感します」

 

 近年、スポーツの世界で「体幹」という言葉を耳にしない日はない。体幹を鍛えることこそがパフォーマンス向上の第一歩になるというのだ。

 

 何となく聞いているとわかったような気になるが、具体的に体幹とはどの部分を指すのか。加えて言えば、同じ陸上でも長距離と短距離では、体幹の強化法が違ってくるはずだ。

 

 中野は説明する。

「人間は誰しも肋骨と骨盤の間に空洞ができていますよね。長距離では、この空洞部分をどう安定させるかが、まず重要なんです。ここが安定していれば、しっかり走れる。そして、その外側の筋力を使って、スピードを上げていくんです」

 

 体幹が安定していないと、せっかく肩甲骨が動くようになっても体にブレが生じ、股関節やヒザなどを痛める危険性が出てくる。そのため、実際のトレーニングにおいては体幹強化と肩甲骨のまわりのストレッチを並行して行わなければならないという。

 

 昨秋、中野は原との共著で「青トレ」(徳間書店)なるトレーニング書を出版した。何度か中野の指導風景を目にしたが、選手が悲鳴を発するほど過酷なシーンにはお目にかかれなかった。

 

 負荷をかければかけただけ筋肉は発達し、競技力は向上するという考え方は、もう過去のものらしい。

 

 青山学院大学の、もうひとつの特徴として故障者が少ないことがあげられる。これも“中野メソッド”の成果のひとつと言っていいだろう。黄金時代は当分続きそうだ。

 

<この原稿は『サンデー毎日』2016年2月14日号に掲載されたものです>

 


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