テニス界の女王、マリア・シャラポワがドーピング違反で物議を醸している。

 あの美貌とガッツ溢れるプレイスタイルのギャップもあり、実力はもちろん人気も抜群のシャラポワ。その彼女のスキャンダルとあって、普段はドーピングに縁のない普通の人々まで興味を示している。それゆえ彼女に同情的なコメントもあるものの、実際はどうなのか? まだまだ分からない部分はあるが、現在で分かる範囲の情報で考えてみたい。

 

 まず彼女が使っていた「メルドニウム」という薬。一般的に抗虚血薬で、ロシアなどでは薬局でも買えるくらい一般的だ。もともとはアフガニスタンへ派遣された旧ソ連の兵士が、持久力向上のために使用していたことで知られており、その効果は周知の事実である。ロシアの選手を中心にかなり広く使われていた。WADA(世界アンチ・ドーピング機構)で禁止薬物となったのは今年からなので、昨年までの使用は問われない。しかし、今年からは違反薬物なので、それ以降に使用した選手は違反となる。WADAの発表では、1月からロシア人を中心にすでに99件の違反者が出ているという。

 

 サイクルロードレースの世界でも2月5日、エドゥアルト・ヴォルガノフ(ロシア、カチューシャ)のサンプルから禁止薬物メルドニウムの陽性反応が検出され話題となった。薬物に詳しいドクターによると、メルドニウムはロシアの選手の間ではサプリメント程度の認識で服用されていたらしい。使用者はそこから抜け出せなかったということなのだろう。

 

 ただ、多少同情するところもある。選手であるなら強くなるために練習や食事、生活すべてに情熱を傾けるのが当然だ。その一環でサプリメントなどを取り入れることもあるだろう。そして、一般薬局で普通に売っている薬を「パフォーマンスが向上するから」と使うことは不思議なことではない。もし、日本の薬局で売っている薬がパフォーマンスをアップさせると評判で、ドーピング禁止薬物でなければ僕は使っていただろう。多少体に悪いと知っていても、使う選手は少なくないと思う。

 

 なぜなら選手たちは競技に命を懸けているわけで、多少のリスクがあっても、ルールの範囲内で少しでも競技力向上させることを考えている。だから昨年まで使用していたロシアの選手を責めることはできない。だが今年からは禁止リストに入った。ほんの数カ月前まではルール違反ではなかったとはいえ、違反は違反ではある。酷な感じもするが、ルール改変に合わせて対応するのが選手としての務めである。

 

 現時点では厳しい風向き

 

 またシャラポワが言う「禁止リスト入りの通達を確認していなかった」というコメント。一説には5度も通達がいっていたという情報もあるし、彼女ほどの選手ならば本人でなくともスタッフが丁寧にケアするのが当然だ。一流アスリートへのドーピング検査は厳しく、普段から居場所を申告し、24時間関係なく抜き打ち検査もある。トップ選手は常に検査に追われるような生活をしなければならない。さらに言うとシャラポワの収入は賞金、スポンサー料も含めて30億円程度あるといわれている。それだけの価値がある選手ならば、それなりのブレーンで固められたチームがあり、情報整理をしているはず。そんな選手もしくはチームがリストを見逃すなどということがあるのか。こればかりは言い訳にしか聞こえない。

 

 こうやって情報を整理すると、彼女に有利なものがあまりにも少ない。すでにスポンサーも契約解除や凍結を発表し、厳しい風向きになっていることは間違いない。

 

 7歳でロシアを父とともに出て、苦労の末にアメリカで成功した彼女が、ロシアで広まっている薬で選手生命の危機を迎えているとは皮肉な話である。

 もう一度、彼女のプレイを見たいと思っているのは僕だけではないはずだが……。

 

白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール

 スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦していた。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための会社「株式会社アスロニア」を設立、代表取締役を務める。著本に『仕事ができる人はなぜトライアスロンに挑むのか!?』(マガジンハウス)、石田淳氏との共著『挫けない力 逆境に負けないセルフマネジメント術』(清流出版)などがある。

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