160407aliven4 今回から毎月1回更新する「スポーツ指導者から学ぶ」は、株式会社アライヴンとのタイアップコーナーです。スポーツ界の著名な指導者を招き、アライヴンの大井康之代表との対談を行います。指導論やチームマネジメント法などを伺います。どうぞお楽しみに! 

 記念すべき第1回はバルセロナ五輪柔道金メダリストの古賀稔彦さんです。全日本女子のコーチとしてアテネ、北京と2大会連続で五輪金メダルを獲得した谷本歩実さんを指導したことでも知られています。

 

 見えないものを引き出す

 

大井: 指導者は常に冷静でいることが必要だと思うのですが、選手たちにはどういう点を注意して教えていますか?

古賀: 今、教えている生徒、子供たちに対してもそうなんですが、才能に限界をつくらせないことです。才能は目に見えないもの。私は現役時代、“もっと何かあるんじゃないか”という無限大な自分を見つけ出す欲求が強かった。それは教える側に立ったとしても、“この子はもっと何かあるんじゃないのかな”と考えます。見えないものを引き出すのは、やはり楽しいですね。

 

160407aliven3二宮: 大井社長も、社員の見えない部分を引き出たり、“もっといけるぞ”と思うことも?

大井: いつも考えています。そのためにはこちらの精神力が強くないとできないですね。あとは忍耐力。これが私自身の課題だと思っております。

 

古賀: 実は私、どちらかというと気が弱いほうなんです。小さい頃はとても人前では喋れなかった。体も弱く喘息持ちでした。でも柔道と出会って、今の自分がある。本当の自分のキャパシティは狭いので、指導する側に立った時には、あえて心の器を大きく持ってから現場に入ろうと決めているんですよ。そうしないと、とても目の前の10人20人を受け入れられるだけのものがないんです。

大井: 私も基本的にはビビリなんですよ(笑)。

 

二宮: それは意外ですね。

大井: ただ10年前に会社をはじめてから、やらざるを得ないような状況になってきた。だから難題に直面した時は “私はできる”と自己暗示をかけながら、やっています。それなので古賀さんの話を聞いていて、共感できますし、すごく勇気が湧いてきました。

 

 心の器を大きく

 

二宮: 古賀さんは一昨年から全日本女子柔道の強化委員を務められています。女子選手を指導する上で、気を遣う部分はありますか?

古賀: こちらは良かれと思って「こうしてみたら」と一方的にアドバイスをしたら失敗しました。ふて腐れている様な雰囲気を出す選手がいたものですから……。

 

二宮: その時には一喝したと?

古賀: いえ。僕は所詮ビビリですから、“何でだろう”と思った。そこで自分が若い頃、自分の言葉に耳を傾けてくれる先生とは、こちらも話を聞こうかなと思えたことに気が付いたんです。それからは選手の心の声をまず聞こうと。こちらから言いたいことがあっても、できるだけ相手の声を引き出すようにしたんです。

 

160407aliven1二宮: それでコミュニケーションが円滑になったと。大井社長は社員のパフォーマンスが落ちている時は、どのような指示をされていますか?

大井: まずはアドバイスよりも自分自身が元気でなければいけないと思うんです。食事と運動と睡眠を大事にしています。そこを整えた上で社員と話す。自分の状態を良くしておかないと、説得力がないですからね。

古賀: そうですね。あとは心と心がちゃんと繋がっているかを確認することでしょう。特に女性は尊敬できる人の言葉であれば、素直に受け入れようという雰囲気になるのだと気が付いたんです。

 

大井: そのためには何が必要でしょうか?

古賀: 初期段階としては、話の聞き役になる。その子の心の中にある言葉を全部聞くんです。心の中のボールを全部こちらに投げさせて空っぽの状態にする。そこに、こちらから良いボールを渡してあげるんですね。ところが話の途中に「いや、オマエそれは違うよ」などと言ってしまうと、もう話をしなくなっちゃう。“どうせ聞いてくれない”。まずは心の器を大きくして、全部聞こうと思いましたね。

 

大井: では心の器を広げるには、どうしたらいいのでしょう?

古賀: あくまで選手が主役。主役を一番輝かせるのが、私たち指導者の役目だと思っているんです。もし、主役が自分だったら「言うことを聞け!」となるでしょうが、主役は選手ですから、こちらはプロデュースする気持ちで接していこうというふうに自然となれるわけです。

 

 期待を力に変える

 

大井: 指導者は技術を教えるだけではなく、カウンセリング能力も必要なんですね。

古賀: そうですね。昔は指導者のやり方を選手に押し付けるスタイルが多かった。それがうまくはまれば、良いパターンもあったかもしれない。「相手の選手よりも監督が怖いから頑張る」という選手もいましたからね。

 

160407aliven2二宮: 昔は「オレについて来い!」というスパルタ式指導が主流でしたよね。

古賀: 今は「ついて来い」と言っても、振り向いたら誰もいないかもしれませんね(笑)。“勝たないと、監督にまた叱られる”。昔はそれで頑張る選手がすごくいたと思うんです。でも、今はそういう時代ではない。できる限り言葉で、どれだけのインパクトを与えるかが大事ですね。だから指導者の方が、選手よりも努力しておかないと、いい選手を育てられないと思います。

 

大井: 最後に、周りから「五輪で金メダルを獲ると言われている人が、金メダルを獲ることはとても難しいことだ」とお聞きしました。大きな期待が寄せられている中で、それに応えるには何が一番必要ですか?

古賀: 自分が金メダルを獲れる可能性があることに幸せを感じられるかどうかですね。種目や競技によっては、表彰台すらも厳しい人もいるわけじゃないですか。実力的には頑張ることが精一杯な選手もいるかもしれません。金メダル候補に挙げられる人は、金メダルを獲れる可能性があるポジションにいるわけですから。僕の場合は、そこをまずは幸せに思おうと考えたんです。

 

二宮: その境地に達したのは、いつでしょう?

古賀: 僕は五輪に3回出ているんですが、1988年ソウル大会の時に優勝候補で負けたんです。そこから変えましたね。周りから「金メダルを獲ってください」と言われた時に「うわー」とプレッシャーに感じるのか、それとも自分がそのポジションにいるから幸せだと思えるのか。僕は「金メダル獲ってください」と言われた時に「もちろん獲りますよ」と答えられる自分でいようと。ケガをしたとしても勝てるだけの下準備をしました。期待されていることに喜びを感じながら“よし、やってやろう”と思えるだけの準備をしようと決めたんです。その準備が大変だということを選手たちにも伝えていきたいと思っています。

 

160407alivenp古賀稔彦(こが・としひこ)プロフィール>

1967年、佐賀県出身。小学1年から柔道を始める。五輪には3度出場。92年バルセロナ五輪男子71キロ級で金メダルを獲得した。96年アトランタ五輪では78キロ級で銀メダルを獲得。2000年に現役を引退すると、03年には町道場「古賀塾」を開くなど後進育成に尽力している。07年4月からIPU環太平洋大学女子柔道部総監督を務め、全日本学生体重別選手権団体大会などの優勝に導いた。08年には日本健康医療専門学校校長に就任。自身も医学を学び、弘前大学大学院に入り、医学博士号を取得した。14年からは全日本柔道連盟女子強化委員を務める。

 

(写真/金澤智康、構成/杉浦泰介)


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