ウエスタンリーグの開幕戦で、スーパールーキーが出場しないにも関わらず“満員札止め”になるという話は、あまり聞いたことがない。

 

 

 去る3月15日、鳴尾浜球場で行われた阪神-中日戦。平日の試合ながら500人の定員を上回る観客が駆け付け、100人余りが入場できなかったという。

 

 ファンのお目当ては28季ぶりに「背番号31」のユニホームに袖を通した阪神・掛布雅之2軍監督。この試合を生中継した「BSスカパー!」は専用カメラまで使って指揮官の一挙一動を視聴者に伝えた。

 

 スカパーJSATチャンネル運営部の軽部岳大アシスタントマネジャーはこう語る。

「今までサッカーではありましたが、野球中継では初めての試みです。平日の昼間としては驚くような反響でした。SNSでは“なんだ、この中継は!?”というかたちの反応も。当日ないし前日の加入申し込みもありました。1つのコンテンツをきっかけにこれだけの動きがあるのは余程大きい出来事じゃないとないんです。今回はそれに比肩する反響でしたね」

 

 言わずと知れた元ミスター・タイガース。ホームラン王3回、打点王1回、ベストナイン7回の実績もさることながら、未だに衰え知らずの人気を誇る最大の理由は、親しみやすいその人柄に依るものだろう。

 

 そんな掛布でも引退前にはファンとの関係が悪化した。不振を責める声に苛立ち、笑顔を見せなくなった。

 

 引退試合ではマネジャーからの「最後に場内を一周してファンの人にありがとうと言ってくれんか?」の依頼を断っている。

 ところが、渋々グランドに出た瞬間<掛布雅之、夢をありがとう>との垂れ幕が目に飛び込んできた。甲子園に詰めかけた5万人のカケフコールが降り注ぐ。掛布の頬を熱いものがつたった。

 

 後に本人は語ったものだ。

「僕を支えてくれていたのは監督でもコーチでも先輩でもなく、ファンの手が痛くなるほどの拍手だったんです。すんでのところで僕はそれに気付かないままユニホームを脱いでしまうところでした」

 

 昨年、2軍監督に就いた。“上から目線”ではなく、自ら選手に近付き、信頼関係づくりに重きを置いた。

「アドバイスにしても、押し付けたりはしません。僕が“こうした方がいい”といくら言っても、選手が納得しなかったら、無理やりやったところで結果は出ませんから。選手から“じゃあ、こうしてみます”と言うまでは、やらせないようにしています」

 

「今の選手は、やらされる野球に関しては素晴らしい。こちらがマニュアルさえ渡せば、パッと見て、120%そのとおりにできる。だが“何か自分で考えてやってみな”となった時に、すぐに助けを求めたがる」

 

 元来がエリートではない。テスト生同然のドラフト6位の入団ながら“ミスター”の称号を得るまでの選手になった。叩き上げゆえの指導法に虎党の視線が注がれている。

 

<この原稿は『サンデー毎日』2016年4月10日号に掲載されたものです>


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