木俣達彦といえば、1960年代後半から70年代にかけてベストナインに5度輝いた中日の名キャッチャーだった。バッティングでも69年にキャッチャーではリーグ史上初の30本塁打を放ち、通算1876安打は野村克也、古田敦也、谷繁元信に次ぐ記録である。現役時代をともに戦った高木守道が監督に就任した今季は、キャンプ中に臨時コーチを務めた。巨人以外ではリーグ初となる3連覇を目指す古巣をどのように見ているのか。沖縄・北谷で二宮清純が訊いた。
二宮: ズバリ伺いますが、中日3連覇の可能性はどのくらいでしょう。
木俣: 優勝は大型補強した巨人だと思います。中日は2位かな。だって去年のチーム打率は12球団最低の.228ですよ。何で優勝できたのかよくわからない。ピッチャーが良かったといっても、最後にヤクルトが失速したところをパパッと勝っただけだから。

二宮: 落合博満監督は8年間、“守り勝つ”野球を徹底して4回のリーグ優勝を果たしました。その手腕は誰もが認めるところです。ただ、現役時代は3冠王を3度獲得したバッターだったにもかかわらず、チーム全体のバッティングはなかなか向上しませんでしたね。
木俣: それどころかチーム打率や得点が年々下がる傾向にありました。落合さんは素晴らしい技術を持っているんだけど、それを選手に伝えても難しすぎてついてこられなかった。去年、和田(一浩)も落合さんの指導でオープンスタンスを変えたら苦しんだでしょう?

二宮: 長年、築き上げたチームカラーは簡単には変えられません。となると今季も中日のカギを握るのはバッテリーです。昨季もそうでしたが、やはりベテランの谷繁はチームの要でしょうね。
木俣: まだ彼に頼らざるを得ないでしょう。144試合全部は出られないでしょうけどね。40歳を過ぎてもスローイングがしっかりしている。セカンドへ投げる速さは若いキャッチャーに負けていないですよ。

二宮: ベストナインは5年連続で阿部慎之助(巨人)が獲得していますが、木俣さんの評価では谷繁のほうが上だと?
木俣: 12球団を見渡してもキャッチャーとしては谷繁が一番ですよ。城島健司(阪神)も昔は良かったけど、ヒザを痛めてしまったら、もうキャッチャーとしては引退でしょう。もちろん阿部もいいキャッチャーですよ。谷繁と阿部の違いはリードに対する基本的な考え方。阿部はピッチャー優先で、うまく乗せて投げさせるタイプです。一方の谷繁は「こうしろ!」とはっきり指示を出し、ピッチャーのお尻を叩く。これは、それぞれ合う人間と合わない人間がいるから、どちらが正しいということではないんです。

二宮: ということは今年も谷繁頼みのシーズンになるのでしょうか?
木俣: そうでしょうね。ただ去年、谷繁がいない間に成長したピッチャーもいます。最多勝(19勝)と最優秀防御率(1.65)のタイトルを獲得した吉見一起です。吉見ははっきり言っていましたよ。「若いキャッチャーを組んだ時に、自分でバッターを見て、考えて投げるようになった。それで谷繁さんが戻ってきても同じように投げている」と。「おかげで今は誰と組んでも自信を持って投げられるようになりました」と話していましたね。

二宮: なるほど。それが安定感のある投球につながったわけですね。若いピッチャーにも谷繁にリードを任せっぱなしにするのではなく、自分で考えてほしいと?
木俣: まだドラゴンズで、バッターを見て投げられるのは吉見と岩瀬(仁紀)くらいでしょうね。僕の現役時代では小川健太郎さんがそうだった。キャッチャーのサインは踏まえるけど、打ってこないなと思えば、平気で真ん中に放ってくる。逆に打たれそうだと感じたら、ボール球で様子を見る。バッテリーを組んでいて、「このバッターは真っすぐ強いのに、なんで放るのかな?」と疑問に思ったことがありますよ。でも、小川さんはちゃんとバッターを見て投げているので打たれない。そういうピッチャーが今のドラゴンズにも増えてほしいなと思いますね。

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